瞼に光が差し目を開けたアラシヤマは、頭上に広がる自然石に一瞬困惑した。 しかし眠気による混乱はすぐに消え去った。 ここは第二のパプワ島の洞穴。 結局ほかにいい場所も見つからず、当面はこの洞穴を居住地とすることにしたのだ。 程よい薄暗さがなんとも心地よい。 「んー・・・」 耳に入った声にアラシヤマは固まった。 隣に寝ている。あれからというもの毎日安眠のようだ。 「はぁ・・・」 アラシヤマは、に想いを打ち明けてからの数日間を思い起こした。島の地形もだいぶわかってきたし、今のところ生活に不自由はない。 この数日でもすっかり昔にもどり、アラシヤマを遠ざけていた4年間などなかったかのように名を呼んでくれるようになった。 (・・・がおなごやとわかってから10年は経ったやろか) それだけ長い間想い続けてきた人が手に入ったのだ。こんなに嬉しいことはない。 今なら自分も人並みの、いやそれ以上の幸せを持っていると胸を張って言える。 (ああ、手に入るやなんて・・・わても独占欲が強いどすなぁふふふ) 「うー・・・」 また眠そうな声が聞こえ、アラシヤマは目を閉じその秀麗な眉を寄せた。 おはようなんて言って、キスしてもいいだろうか。 いくらのどかでも忘れてはいけない、今は任務中なのだ。 しかし、おはようのキス。そんな恋人同志のような、いや恋人なのだから、かなりやってみたいことではある。 やましい気持ちは決してない、とは先日の一件から言いがたいが、好きな人にそういうことをしたいと思ってもバチはあたらないと思う。 アラシヤマが決心してそっと目を開けると、まず視界に映ったのはもちろん洞穴の天井であり、そしてその間に迫ってくるものの残像であった。 「へ」 すぱーんと音も高らかに、寝返りを打ったの裏拳が、アラシヤマの顔面にきれいに決まった。 「悪かったぁっ」 「だから大丈夫どすぅ〜」 顔を洗うために川に向かう。 ついでに飲み水も汲もうとアラシヤマが荷物から引っ張り出してきた水袋を、は自分が持つと言ってきかなかった。 が起きたあと、アラシヤマは気を遣って裏拳について何も言及しなかった。 が、は自分が少々寝相が悪いことをある程度承知しているので、鼻を押さえて涙目だったアラシヤマを見て何も聞かずとも合点がいった。 「だって鼻なんか赤いし!」 「ううむむ・・・」 またアラシヤマがこっそりと鼻を押さえたのをは見逃さない。 は覚えていないが、相当いい具合に入ってしまったらしい。 (アラシヤマの鼻が曲がってたりでもしたら私のせいだなァ・・・) 「でももし鼻が曲がってても私が責任もって婿にもらうから大丈夫!」 「ええっ!いきなり男前どすな!ていうか婿って・・・ええっ」 二段階に驚くアラシヤマ。乙女のようにもじもじと顔を赤らめ身をくねらせる。 はそんなアラシヤマの手をとり先に立って歩き出した。 「昔はアラシヤマがよくこうやって私の手を引いてくれたよなぁ」 「・・・そうどすなぁ」 ふたりで昔を懐かしく思い返す。 今ではふたりともいい大人で、あのときとまったく同じではないけれど。 「なんたって凍らせちゃうほど好きだからね」 「!」 件の事件を冗談めかして言うと、アラシヤマが一瞬身を強張らせたのが、つないだ手から伝わってきた。 どう言えばいいのかわからないのだろう。ここ数日、アラシヤマはいつもこんな感じだった。 が自らが暴走したときのことを口にすると黙ってしまう。 はアラシヤマの優しさに苦笑した。 「ねぇ、もうほんと、素直に生きることにしたんだから。私が好き放題したら、アラシヤマには迷惑かけそうだよ?」 するとアラシヤマはすまし顔で、しかしの手を強く握り締めた。 「今更何言うてはりますの。そんなの、今に始まったことやあらしまへんわ。もう慣れとります」 「あはは!だよね!」 仕官学校時代も、部下に就任したあとでさえ、は度々作戦無視の行動に出ていた。 それにお咎めがないのは、それによる成果と何よりアラシヤマのフォローのおかげだというのはよくわかっている。 はそろそろ赤みのひいたアラシヤマの鼻をちらりと見た。 どうやら曲がってはいないようだ。 (曲がってなくても婿にはもらうけど。もしくは嫁にもらってくれればいい) これは心の中で言い、が晴れた空を見上げたときである。 やけに見覚えのある雲が空を悠々と遊泳していた。 高度がかなり高く、豆粒大くらいの大きさに見えるので定かではないが、しかしあの動きは普通の雲ではありえない。 「あれはまさか・・・」 「どないしたんどす?」 「ほら、あれ」 「ん?」 が空を指し示そうと上体を反らせる。 と、ズシンズシンと地面が揺れた。 「わ!」 よろけたを支え、アラシヤマが見やった先には、離れていても十分にわかるほど巨大なオカマ恐竜×2がいた。 普通に上半身全体が密林から突出している。木々が多少背の高い雑草に見えるくらいだ。 声もでかいので、会話も普通に聞き取れる。 「もッヤダあ〜アタシ最近お肌荒れ気味ィ〜」 「ちゃんとUVケアしてんのォ?紫外線はお肌の大敵よぉ〜」 まるっきりOLのようなオカマの会話を聞いてげっそりとするふたり。 「よく会いますな・・・あのトカゲ」 「というか恐竜なんだからもともと肌は荒れてるんじゃ・・・」 そのうちオカマ恐竜たちは何かを見つけたようで、足元に向かって興奮したように叫んだ。 「キャ〜っ男前な人肉発見ー!」 「もうッみんな喰っちゃえ喰っちゃえ!」 「人肉どすって?」 「あれ、片方は草食恐竜だよねぇ?」 のツッコミは恐竜たちに聞こえるはずもなく、ハヤシは足元に食いつくように身を乗り出した。 すると何者かにより一瞬にしてハヤシの腹に『化石』という文字が書かれた。 文字通りハヤシは、自慢の付け睫毛そのままに博物館が泣いて喜びそうな立派な化石に変わってしまった。 「いまのはまさに!」 「は!草食恐竜怒った!」 やはりの声は聞こえるはずもなく、しかし恐竜たちの足元にいるであろう人物たちが喰われるようなこともなかった。 「ちょっとアンタ達ぃいい〜なんッてことすぅんのよぉう〜!!」 草食がどうしようというのか、とにかくハヤシの敵を討とうとしているようだ。 と、上空で遊泳していた例の雲が、突然何かに呼ばれたように舞い降りてきた。 そして恐竜の近くで静止し、太陽のようにさんさんと照りはじめたのである。 これには草食も堪らず、UVカットがなんだと叫びながら走り去っていった。 遠くからその一部始終を眺めていただけのふたりだが、今のは見間違えようもない。 「生き字引の筆、脳天気雲・・・ミヤギはんにトットリはんどすな」 「どうせグンマ様の欠陥発明品で来たんだろう。溺れればよかったのに」 「ほんまに素直に生きとりますな」 「コージはいなかったみたいだけど」 「いや、来とると思いますわ。あのお人は必殺技がないさかい、活躍の場がなかったんでっしゃろ」 「・・・悲しい」 「あらあら!また誰か来たの?最近お客さんが多いわね」 「どわっ!タンノはんっ」 「う、出たなカマ魚」 いつからいたのか、川の上流にタンノが顔を出していた。 が敵意むき出しにほえる。タンノとイトウが自分を謀ったのにはもう気づいていた。 「上流にいるな川が穢れる!」 「ま!命の恩人にひどいわ!騙しちゃったことは悪かったけど、ここは水に流しましょうよ私のように」 「何を水に流している何を!」 「、命の恩人とは?」 「く・・・不本意ながら助けられたっていうか・・・」 「まーアラシヤマさんお久しぶり!・・・あら?あらあらあら」 「な、なんどすか?」 「そんなによりそっちゃってぇ!やっぱりふたりは付き合ってたのねっ」 悪戯っぽく言われ、ふたりがばっと離れる。 人に言われるとそれは恥ずかしいものだ。タンノは人ではないが。 「違うぞ魚ッ!これはさっき地面が揺れて・・・」 「タ、タンノはんはこないなところで何を?あんさん海水魚やなかったんどすか?」 「私は水陸両用だから大丈夫なのよ」 「答えになってないし、それを言うなら男女両様だろ」 のつぶやきを無視し、タンノが続ける。 「パプワくんたちが今日は海水浴だって言うから、一緒に泳ごうと思ってね。イトウちゃんは塩気に弱いから遠慮しとくって、ひとりで難産を乗り切る練習するんですって」 「不吉な練習しはりますな」 「うふふ、おふたりさんの邪魔しちゃ悪いからもう行くわね。じゃあねぇ」 さすが魚と言うべきか、タンノはすいすいと優雅な泳ぎで去っていった。 「海水浴ってことは、今パプワハウスには誰もいないのか・・・」 「多分ミヤギはんたちもパプワハウスに向かったと思うんどすけど」 「なら、当初の作戦もあるし、私たちも行くしかないかな」 「はぁ、やはりそうなりますなぁ」 ((せっかくふたりきりだったのにっっ)) 互いにそれを思いながら、ふたりはパプワハウスに足を向けた。 >>next