その数時間後、空も暗くなりコモロくんも鳴く頃。
帰りが遅いと家のドアを開けたロタローは、無事とは言いがたいがなんとか生きているリキッドを発見した。

「パプワくーん。家の前にこーゆーの置いてあったよー!」

「ン〜来年のお盆まで供えとくか」

「三角木馬に乗った顔見知りの姿を見てそれはないだろうちみっ子諸君・・・」

「わッ!生きてたの?しぶといなっ」

「その状態でよく今のセリフが一息で言えたな」

「ほっとけ!」

「じゃあほっとくぞ」

「ああッ!待った!待って!待ってください!」

「段階を踏んで卑屈になるなよ家政婦」

何と言われようと、今の状態のリキッドではどうにもならない。
手足をきつく縛られた上ヤキを入れられ体力ももうない。
しかもご丁寧に革紐は帯電性の特注品ときている。
完全に自分専用だ。どんだけ暇なんだあの獅子舞。

「助けてくれよパプワー」

「しょうがないな」

「え・・・パプワ・・・」

以外にすんなりと紐を解いてくれたパプワに、リキッドは感謝の眼差しを向ける。
だが礼を言おうと口を開くと、突っ込まれたのはお玉だった。

「んが!?」

「もう夕飯の時間だからな」

「早く作ってよー!」

「くそぅ、仮にも重症患者に・・・」

「それともこっちを突っ込んだ方が良かったか?」

言ってパプワが差し出したのはリキッド愛用の包丁。リキッドはそれを受け取ると、元気一杯台所に立った。

「ははは、僕お料理大好きさ!」

「家政婦なんかキモい」

「くっ!俺の存在価値って!」

「いいから早く作れ」

「わかったよっ!」

エプロンをつけ、包丁を握って料理を始める。
なんだかんだ言っても家事をしていると落ち着くし、自然と手が動いてしまうのは長年の下っ端生活の賜物か。
食材の様子を見れば、頭が勝手に今日のメニューを決めてくれた。

「じゃあ今日はハンバーグな」

「わーい!ハンバーグ!ハンバーグ!」

子供はなんといっても肉が好き。
もろ手をあげて喜ぶロタローに、リキッドはさりげなく言った。

「ところでロタロー。今日お盆祭りが終わったあと、何かおかしなことなかったか?」

「え?今日はあのあと、パプワくんがんばば踊りを教えてくれるって家の中でファイヤーしながらずっと踊ってたよ?」

「だから床が焦げてるのね・・・」

「でもあのとき、なんだか寒くなったような気がしたけど・・・それだけかな」

外に出なかったのは正解だ。
おそらくあのとき、凍結はこの辺りまで及んでいたのだろう。
パプワはそれを事前に察知し、火を燃やしながら、ロタローを誘い踊りで寒さを凌いでいたのだ。
ロタローはうまい具合に島の異変に気づかなかったようだ。
リキッドは、パプワの昨夜の言葉を思い出した。

「パプワ、お前昨日の時点ですでにあいつが暴走しちまうってわかってたのか?」

「まぁな」

「何で?」

「あいつはすごく苦しそうな顔をしていた。それにもうひとつ、ぼくにはよくわからないことだが、あいつはくり子と同じようだった」

「!」

パプワが言うよくわからないもの。それは恋する気持ちのことだろう。
リキッドはくり子に直接会ったことはなかったが、ジャンがいたずらっぽく話したのを覚えていた。
156cmになったら嫁にもらうという約束をしているのだそうだ。

「何?なんの話?」

ロタローがパプワに言う。リキッドはぎくりとした。
そういえば、昨日のロタローのため息。

「昨日のやつの話だ」

「え!昨日のっての?パプワくん会ったの?」

「ぼくじゃなくてリキッドがな」

「本当!?家政婦、に会ったの!?」

「あ、ああ・・・」

「どうだった?何してた?ぼくのこと話した?」

矢継ぎ早に質問を投げかけるロタロー。その目はやっぱり、アラシヤマと同じだ。

「・・・ロタロー、なんでそんなにのことを気にするんだ?」

「えっ・・・」

ロタローの頬がみるまに朱に染まった。
昨日の悩ましげなため息といい、やはりロタローは、を好いてしまっているのか。
はロタローではなくコタローを狙う、ガンマ団の一員だ。それはまずい。

アラシヤマといいロッドといい、もしかしたらハーレムといい。も見事に変わり者にばかり好かれるものだ。
しかしアラシヤマはともかく、ロッドやハーレムの女癖の悪さはよく知っている。
あれでも結構モテる方の2人は、少なくともリキッドが知る限りでは自分から興味を示す女はそうそういなかった。
その2人が関心を抱いているのなら、には何か特殊な魅力でもあるというのだろうか。
いや、女としてではなく、一固体の人間としての魅力か。

(・・・俺には魅力どころか男ばりに強い奴という認識しか持てん)

まぁロタローはまだ10歳やそこらの子供だ。何がどうなるというわけでもないだろうが。

「もしかして、何かが関係してたの?」

「え?あ、いやー別に違うぞ?」

「本当にぃ?」

「ほんとほんと」

あくまでリキッドを疑うロタローの疑念をかわしながら、リキッドは家事に精を出すふりをして誤魔化した。
説明するのも疲れるし、その前に自分自身何がどうであったのか詳しくわからないのだ。
パプワたちに危機が及んだのではないのならそれでいい。
ただひとつ確実なのは、この島で根暗な炎使いと男勝りな氷使いのカップルが誕生したということ。
だがそれはロタローには言わないほうがいいかも知れない。
ロタローの質問責めは夕食のときまで続き、そうしてその日の夜は更けていった。





夜中。
ロタローやチャッピー、リキッドすら寝静まったころ、パプワは目を覚ました。
皆を起こさぬよう音を立てず寝床を立ち、月夜の下へ出て行く。
そしてそこにいた人物に声をかけた。

「ロタローは寝てるぞ」

涼しい風と共に、が影から踏み出す。
手には花で作った冠があった。

「びっくりした、気配を消してたのに」

「それはロタローにか?」

「うん・・・約束したからね」

「すごく喜ぶと思うぞ」

「それならいいんだけど」

「もうがまんしてないんだな。雰囲気が昨日と全然違う。アラシヤマとは仲直りしたのか?」

「仲直り?」

思わぬ言葉には噴き出し、少し笑ってすぐに口を押さえた。
寝ている住民たちを起こしてしまう。

「したよ、仲直り。我慢ももうしてない。これからは前よりずっと素直に生きられる。それがこんなに楽なことだったとは思わなかった」

「よかったな」

「・・・昨日は悪かった」

「全然気にしてないぞ」

「・・・そう。・・・あと、ありがとう」

「ぼくは見たままを言っただけだ。それに、その言葉はぼくもお前に言いたい。ありがとう」

「何故?」

「お前はシンタローを助けてくれた」

途端、の顔が険しくなった。
押さえてはいるが、殺気さえ滲み出ている。

「私はあいつが大嫌いだ。助けた覚えなんてないしこれからもありえない。どうしてシンタローの名前が出る?」

「それはそのうちわかると、玉がぼくにそう言った」

「玉?」

「ちゃんと言えば"助けた"じゃなくて"助ける"だ。ぼくはお前に"会ったこと"になる。さっき夢で言われた」

「・・・寝ぼけてるのか?」

「それは大人の悪い癖だぞ。子供の言うことだとちゃんと聞こうとしない。ぼくらだっていろんなことを感じ、考えてるんだ」

「・・・」

「お前がそうするのはシンタローのためじゃない。でも助けになる。あいつはぼくの友達だから、ぼくはお前に感謝をするんだ」

「・・・まさか子供に諭されるとは思わなかった。でもそうだな。私があいつを助けるのは想像できないけど・・・」

「今は覚えておかなくてもいい」

「・・・わかった。あ、これ。コタロー様に渡しておいて貰えるかな」

「む」

パプワは頷いてから花の冠を受け取った。
が、家に入ろうとはしない。
何かを促すようにを見る。

「あの、さ・・・ひとつ、伝えて欲しいことがあるんだけど」

これを言うべきかは迷っていたのだが、パプワはお見通しだったようだ。
が決心する時間を待っていてくれたらしい。

「私はガンマ団だし、それが仕事だから、今後もコタロー様を狙うと思う」

そこではパプワをちらりと見たがパプワは静かに聞いてくれていた。
それに勇気づけられて、を先を続けた。

「でもそれとこの花冠は別だ。裏切られたと思わないでほしい、なんて、虫の良い話だけど」

最後は自嘲気味に言ったに、パプワは歩み寄った。

「大丈夫」

「え?」

「ここはパプワ島だ」

ここはパプワ島。
その言葉に、どんな意味が込められているのか、には読み取ることができなかった。
だがパプワが大丈夫と言うと、本当に大丈夫だと思えてくるから不思議だ。

「・・・そうか」

「うん」

「アラシヤマに黙ってきた。心配するといけないから帰るよ。起こして悪かった。おやすみパプワくん」

「ああ、おやすみ」

が去り、パプワは再び皆を起こさぬよう静かに寝床にもどる。
花の冠は、ロタローの枕の脇にそっと置いた。

「きっとこれは、ロタローに必要なものだ。よかったなロタロー」

にこりと笑い、パプワは眠りについた。



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