にこりと笑い、アラシヤマはデッサン人形に話しかけた。
暗い洞穴で明かりは蝋燭一本。
その中でひとり喜怒哀楽表情豊かに話している姿はかなり怪しい。

「そうなんどすわトージくん。わてついに念願叶ってに想いを伝えられたんでっせ。しかも両想いやなんてほんま幸せどすわ〜。

・・・

そのはどうしたかて?ああ、どっか出かけはったみたいなんやけど、行き先はさっぱり・・・。

・・・

何言うてはりますのん!まさかあのイタリア人のとこなわけあらしまへんやろ!

・・・

襲われた?あの下種男に?そ、それはありえますわッ!やっぱり迎えに行った方が・・・」

「なぁにやってんのアラシヤマ」

「がはっ!!いつからそこにっ」

「今帰ってきたとこ。何と話してたの?」

「いやべつに・・・」

アラシヤマは慌ててトージを懐にしまった。
しかしはそれを見逃さず片手を差し出す。

「見せて」

「ひ、独り言どすわ」

「それはわかってる。何隠したの?見せてよ」

「いやどすっ」

「なんでっ!」

「なんでもやっ」

こうなるともう意地の張り合いだ。
逃げるアラシヤマを捕まえ、はアラシヤマの懐を探った。

「ああっ!やめておくれやすっ!」

「やましいものじゃないなら見せてったら!あれ?こっちか」

「あっ!そこは・・・んんっ」

「あった!あっ」

が目的の物を見つけ取り出したとき、洞穴の唯一の明かりだった蝋燭が倒れた。
すっと視界が闇に包まれ、2人は動きを止める。

「何も見えない。アラシヤマ、明かり灯して・・・あれ、アラシヤマ?わっ」

「ぐっ」

「わわ、アラシヤマこっちにいたのか?悪い!」

暗さに目が慣れないうちに立ち、はアラシヤマにのかってしまった。
明かりが消える前に覚えていたアラシヤマの位置と違ったためわからなかったのだ。

「・・・はぁ・・・く・・・」

アラシヤマの息が荒い。
そんなに重かっただろうかと少し傷つきながら、はアラシヤマの体を探った。

「そ、そんなに痛かった?と・・・あ、ここ腹か」

「っ・・・・・・や・・・」

「ん?」

ぐるりと闇の中で体が反転した。
が背中に感じたのは地面。

「アラシヤマ?」

訝しげに声をかけられ、アラシヤマは指先に小さく炎を灯した。
が眩しそうに目を細める。

「は・・・・・・」

アラシヤマはの顔をみつめた。
自分の体の下にあるの体。
体が熱い。鼓動が早い。勝手に息が荒くなる。
懐を探られたときと、闇の中手探りで動いていたの手。
触れられた場所が甘い疼きを覚える。
の体は、自分の下にあるのだ。

(欲情してまう・・・)

それはそうだろう。好きな女にこんなに体を触られて。
卑猥な表現だが事実、下腹部が熱を持ち始めてしまっている。
いいのではないか。自分とは両想いなのだから。
いっそこのまま、このまま。

「どうしたのアラシヤマ」

「うっ・・・」

そう、問題なのは。
その目は、微塵も自分を疑っていない。
こちらが考えているようなことなど、頭の片隅にも無いのだろう。
確かにガンマ団に属してから、は数年間男としてやってきた。
その後も女だからという理由に甘えず、男の中で男以上の成果を出してきた。
だが本当に、女の自覚を持ってほしい。でないとこちらの身がもたない。
こんな目で見られている中、行為に及べるはずがない。
これは大問題である。

(落ち着け・・・落ち着くんや・・・)

いったん体を離し、火を消して深呼吸をする。
こんな状態ではとても明かりをつけられない。

「大丈夫?」

「な、なんでもありまへんわ!今明かりつけるさかい、待っとってや」

「うん」

もう大丈夫かと自分に確認し、再び手に炎を灯して洞穴全体を照らす。
すると、が小さく声をあげた。

「なんですのんッ?べ、別にわてはそんなこと考えてなんて・・・」

まさか自分にそういう類の痕跡が残っていたのか。
弁解しようとするアラシヤマだが、が見ていたのは自分の手の中だ。アラシヤマではない。

「やっぱりこれ、私があげたデッサン人形・・・」

「あ!しまった、取り返すの忘れとりましたわっ!」

デッサン人形(のトージくん)。
それは数年前がアラシヤマに渡したものだった。
友達ができないできないと嘆いていたアラシヤマに、これで練習でもしろとがどこからか持ってきたのだ。

「まさかとは思ったけど、まだ持っててくれてるとは思わなかった。なんで隠したの?」

「その・・・ちょっと恥ずかしかったからどすわ。ここに持って来たんかて気紛れどしたさかいな」

貰ったのが嬉しくて、後生大事に持っていたなどとは、口が裂けても言わないようにしよう。
しかしその誓いもすぐに破れた。

「気紛れ・・・そう、だよなぁ・・・」

「う!ほ、ほんまは壊れると嫌やから連れてきたくなかったんやけど、やっぱりいつも持ち歩いとるさかい持ってこよ思たんどす!」

蝋燭を探し出し火をつけるのに没頭しているふりをして早口で言う。
恥ずかしい。やはり言わなければよかった。

「そっかぁ」

しかしこっそりと見れば、嬉しそうに笑うの笑顔。
それだけで言ってよかったと意見を翻す自分はよほどに嵌っている。

「そ、そういえば、どこ行ってはったんどすか?行き成り行き先も言わんで・・・心配しましたわ」

「コタロー様のとこ」

「コタロー様?一体何しに行かはったんどす?」

「花冠渡しに行った。それだけ。約束してたから」

「はぁ・・・律儀どすなぁ」

「そう?でも行き先を言わなかったのは悪かったけど、そんなに心配することないのに」

「それは無理どすな」

「私はもう子供じゃないんだってば!子供じゃなくて今は・・・アラシヤマの恋・・・こぃ、恋び・・・」

「恋人」

「んむっ」

アラシヤマはの顔を両手で挟み、唇を軽く重ねた。
一生懸命にそれを口にしようとするがまた愛おしくて、その言葉を互いに確かめ合えることが嬉しくて。
自分がこんなに積極的になれるなんて、今まで思ってもみなかった。
ここには師匠たちはいない。邪魔されることはない。
遠慮なしにを抱き締めることができる。

「本当に、わてでええんどすな・・・?」

それでも不安は絶えない。
いや、人を好きでいる限り、この不安は続くのだろう。
嫌われないか。離れていってしまわないか。
しかし今はそれを直接訪ねることができるのだ。

「今更だな・・・私はアラシヤマでいいんじゃなくて、アラシヤマがいいんだ」

「・・・うれしおす」

幸せをかみ締めるとはまさにこのことだ。
歯をぐっとかみ締めていないと、嬉しさで叫んでしまいそうになる。それほどまでの狂喜。
あせらなくても大丈夫だ。ゆっくりと進んでいけばいい。

「じゃぁ、さ」

「へぇ」

はアラシヤマから離れると、ふとんをひとつ、引っ張り出し言った。

「もう、いいよね・・・ね、寝ようか」

「へ・・・」

(えぇええええええッッなんどすってーッ!!)

ゆっくりいこうと思った矢先のこれである。
予想だにしなかったお誘いに、アラシヤマの思考はフル回転した。

(も案外積極的どすなぁなんやわからんふりしとっただけどすか男泣かせなお人やわてはいつでも準備万端どすけどーッッッ)

「じゃぁおやすみ」

「へぇ、おやす・・・え」

いつの間にか布団はもうひとつ用意され、はその一方に潜りこんでいた。
数秒後、規則正しい寝息が聞こえ始める。
暴走したこともあって相当疲れているようだ。
寝ようとは、普通に疲れたのでそろそろ寝ようという意味だったのか。
頂点に達していたアラシヤマのボルテージが急速に下がり、通常の位置に収まった。

(ふ・・・ふふふふふふ。そんなことやと思っとりましたわ・・・全然期待してなんかふふふふふ)

深くため息をつき、自分も就寝のため布団にもぐる。

「あせること・・・あらしまへん・・・」

恋人。今はその称号が得られただけで十分だ。
ごそごそと布団ごと動き、の寝顔に近づく。
見ると微かに眉間にしわがよっていた。悪い夢でも見ているのか。
アラシヤマは身を乗り出し、の額にキスをした。
そして耳元でささやく。

「大丈夫どす・・・あんさんにはわてがおりますさかい」

するとがくすぐったそうに笑った。
また規則正しい寝息が聞こえ始め、その後悪夢の徴候がみられることはなかった。

そう何度でも言おう。
できるなら、この2人だけの時間が永遠に。

だがその願いは近く敗れ去ることになる。
第二のパプワ島。そこにコタローと、秘石がある限りは。



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