その後ガンマ団本部に連れて行かれたは、精神汚染が認められ、一定期間ガンマ団付属医療機関に預けられることとなった。
精神科で精密な検査が行われた。
そこで担当医となった高松も、の能力に興味を持った。

「実に面白い。これだけの冷気を発生させていながら、何故自身の細胞に影響が出ないのか。これが君の力の最大出力ですか?」

「もっといけるよ、高松先生!」

機械のアームで出された水を瞬間冷凍させ、ガラスの越しのマイクからの質問には元気に答える。
入院して数ヶ月、の精神がだいぶ安定していると見ての検査だった。
高松も他の研究員も、興味深くを見る。まるで実験動物だ。

(やっぱり、こんな変なやつそうそういないんだな)

落胆したわけではない。そこはもう割り切った。
高松のカウンセリング、様々なセラピーにより、の思考、精神は以前とは比較にならないほどに強固なものになっていた。つまり、殺し屋のそれである。
しかしまだ脆い。ときどき意識に関係なく冷気が噴出する。
表面上は問題ないように見えても、やはり親殺しの精神負荷は計り知れない。
入院して数ヶ月が過ぎたころ、高松がに告げた。

「、君は特戦部隊のGに預けることになりました」

「じー?だれ?」

「ボンクラ集団の唯一の常識人ですよ。彼から技を教わりなさい。感情をコントロールする技を」

「殺す技は、教えてくれるのっ?」

「・・・ええ」

はやる気持ちに拍車をかけるように言ったその言葉。
早く仕事ができるようになりたい。
なんでもいい、自分の存在理由が欲しい。今はただそれだけだ。
高松は苦笑して、の黒い手袋を嵌めた小さな手を握り、握手を交わした。
その手袋は特殊素材でできており、温度を完全に遮断する。高松が開発したものだ。
こうでもしないと、の手はいつ触れたものを凍らせてしまうかわからない。

「でも、君には技術者の才能もあると私は見ています。君がそちらを選ぶのなら止めはしませんが」

高松はカウンセリングの合間、週に3、4回に様々な学問も教えていた。
飲み込みが早く、聡いに、その可能性を見出したのだ。

「グンマだって・・・グンマ様だっていっしょに勉強してたでしょ。グンマ様工作とくいだから、きっとりっぱなハカセになるよ」

「もちろんですとも!・・・グンマ様にお別れは?」

「高松先生が言っといてよ」

「さみしがるでしょうねぇ」

(私は別に、さびしくない)

もう大切な人など作らないと決めていた。
それは一度すべてを失ったの、自分なりの自己防衛だった。
グンマは仲良くなったし、高松には感謝している。
しかし大切ではない。大切にはしない。
大切な、大好きなものを氷に閉じ込めるなど。もう絶対に。





そう思ったのに、出会ってしまった。





最初は、Gの仕事についていったとき、マーカーの後ろに従っているのを一度見ただけだった。
向こうもこちらに気づいたようだったが、お互い話しかけようなどとは思いもよらなかった。
印象は、自分より年上の、きれいな顔の男の子。
あとからGに聞くと、マーカーの弟子で名をアラシヤマといい、京都出身だということだった。
確かに、師弟にしては少し遠慮がちに話していた言葉は、僅かしか聞こえかったが京都弁であった。
自分はもう口にすることはないであろうその言葉。
あの少年が気になるのはそのせいだろうか?

次に会ったとき、どちらからでもなく会話をし、は驚くべきことを知った。

「あんさんもどすか?わても特異体質でっせ。感情が高ぶると発火してまうんどす」

アラシヤマはあっさりと言った。
は自分の中で何かが崩壊する音を聞いた。
それは絶望の音ではない。むしろ喜びの声にも似た音だった。

「こんな変なやつ、世界で自分だけかと思ってた」

「わてもそう思っとった時期がありましたわ。ま、世界は広かった。それだけどす」

「世界は広い・・・そうか。世界は広いのか!」

「ははっ、あんさんおもしろいでんな。まだちっさいのにこないなとこ入った理由はわかりまへんけど、お互いがんばりまひょ」

「・・・うんっ」





何故出会った。
何故出会ってしまった。

最初はそうではなかった。
懐かしい方言。自分と同じように特異体質。
最初はただそれが嬉しいというだけだったのに。





ガンマ団士官学校入学式。
新入生たちが続々と校門をくぐる中、は校長室にいた。
校長兼ガンマ団総帥、マジックと対峙する。

「久しぶりだね。入学おめでとう、」

「ありがとうございます」

「随分と良い顔つきになったじゃないか。髪も少しずつ元の色に戻ってきているようだね。今年で10歳だったかな?」

「そうです」

「新入生の中では最年少の部類だと思うが、君ならやっていけるだろう。ところで、入学に際してひとつお約束があるんだが」

「おやくそく?」

「ここでは男として行動してもらいたい。幸いに君は美少年顔だ。そうそうばれることはないだろう」

「え・・・あの、てっきり私は」

「僕、ね」

「・・・てっきりぼくは、マジック様に男だと思われてるって、思ってたんですけど」

「思ってたよ」

「思ってたんですか・・・」

「まぁ、それはこちらの思い違いだったんだよ。情報に混乱が生じてね。でもそれはそれでいいんだ」

「でもだって、もっとおっきくなったら・・・」

「そのときはそのとき。ばれるまででいい。少なくともそのときまでは、男として振舞うように。いいね?」

ガンマ団士官学校は女子禁制。
男の園に女がいるとなれば大騒ぎだ。
もそれはわかっていたので、この事態はある程度予測はしていた。

しかし、それが足かせになろうとは、どうあっても予測などできなかっただろう。
あなたの前で、男でいることの辛さは。

そして再会し。
想いは加速する。

置いていかれないよう、懸命に並んで歩いて。
手袋をはずした手にぬくもりを感じていた。
戦闘訓練以外で直に人に触れられるのは、アラシヤマだけだった。

(アラシヤマなら大丈夫。だって火がでる特異体質だもん・・・)

ふと、校庭を歩く生徒の数が減ったのを認識し、はアラシヤマを見上げた。

「アラシヤマ、今日もクラスで何人か死んじゃったよ」

「しかたあらしまへん。ガンマ団の士官学校にくるちゅうことは、そういうことやと、みなはんわかっとるはずどす」

「ねぇ、死にたくないと思う?」

「へぇ・・・」

もうここにしか居場所はないのだと、命がけで臨んでいた、あの日々を。
今までも。
これからも。
生き抜いてゆけるのは、アラシヤマがいたからだ。
特異な体質、ふたりは同じ。ただそれだけではない。
置いていかないで、離れないで。

もし、アラシヤマが死んだら?
そうしたら、どうすればいいんだろう。

「アラシヤマが死んじゃったら、ぼくも死ねばいいのかな」

「何言うてはりますのん!」

あわてて立ち止まり、肩を支えて。
まっすぐに言ってくれたあの眼を、絶対に忘れはしない。

「あんさんには、わてがおります」

そして数年後。女だとばれたあとも。
しかしアラシヤマはどう思っているのか?
友から親友へ。
同僚から、部下へ。

ひたすら我慢の日々。想いを伝えることすら恐ろしい。
大切に想ってはいけない。好きだと、言っていいはずがない。

『すきなものはみーんなこぉらせるんや。そうすれば、もうどっかにいってまうこと、あらしまへんやろぉ』

違う。違う違う違う。

(そんなこと思ってない!)

私はもう二度と、大切な人を傷つけたりしない。
ああでも、じゃあこの想いは?
一体どこに持っていけばいいというのか!

募る想いは、蓄積され、またあの日の悪夢が蘇る。
力が制御できない。傷つけてしまう。また傷つけてしまう。





ただ好きだというだけなのに。





「アラシヤマ・・・ッ!」

名を、呼べば。

「!!!」

視界に映ったのは、白々しく光る世界に灯る、赤い炎だった。



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