この島からの脱出は不可能。 リキッドにとってはそれは当たり前で、それでなんだか皆が知っているように思ってしまっていたのだ。 大破した飛行船を見て怒ったハーレムたちに血祭りに上げられそうになったリキッドは、どうにか誤魔化せないかと周囲を見回した。 そして、来たはいいが修羅場を目撃し、巻き込まれないようにと逃げようとしていたアラシヤマとを見つけたのである。 「あッ!そこにいるのはアラシヤマくんとさんじゃないかぁ!」 必死の形相のリキッドに朗らかに声をかけられた2人は、ギクリと肩を震わせた。 ちらっとそちらを見れば、ハーレムたちが思いっきりこちらをにらんでいる。 (リキッドぉおおおおおっ!) (わてらを巻き込むなぁっ!) (うるせーっ!こうなったら道連れだ!) 気迫で会話をし睨み合う。 逃げるに逃げられないでいると、ハーレムがマーカーとGに聞いた。 「おい、アレお前らの弟子か?」 「はい」 「・・・そうです」 「呼べ」 言いながら、ハーレムは隙をついて逃げようとしたリキッドを殴って黙らせた。 その容赦ないやり方にはアラシヤマに小声で言う。 「逃げましょう」 「賛成どすぅ」 「アラシヤマ、。来い」 「「はい」」 マーカーにそう言われ、反射的に返事をしてしまう。 恐ろしくて逆らえる訳がない。 しかし従ったとしても何をされるかと恐ろしい。 はGの弟子でありマーカーの弟子ではないが、その非情な性格は知っていたし修行時代は子供心にマーカーを恐れていた。 おずおずと進み出ながら、2人はハーレムに捕まりぐったりしているリキッドを憎々しげに見た。 「ほぉ・・・アラシヤマに。育ったじゃねぇか。ガキは成長が早ぇな!」 は今年24、アラシヤマにいたっては28である。 二十歳も過ぎてガキ扱いされ妙な感じがしながらも、しかしハーレムの歳を考えれば確かにそうなのかも知れない。 ふふんと笑ったハーレムは、リキッドを引きずり、ついて来いともと来た道を辿った。すなわち密林の中だ。 そのうちにある開けた場所に出、ハーレムはそこで立ち止まった。 リキッドを手荒に起こし、皆に言う。 「よし!オメーら、ここに家建てんぞ!今日中だ!」 「うう・・・ん?ええ!きょ、今日中って隊長!無理に決まってんじゃないっすか!」 「ああん?誰のせいだと思ってんだよリッちゃーん?」 「うぐぐ・・・」 ぐりぐりとひとさし指で額を押され、リキッドがうめく。 アラシヤマはとなりにいたマーカーに聞いた。 「お師匠はん、それってわてらも手伝うんどすか?」 「当たり前だろう。もちろんもだ。なんのための弟子だと思っている」 「私もですか」 少なくとも家の建築を手伝わせるためではないはずだ。 しかしそんなことは言えるはずもなく、アラシヤマとはリキッドと共に、建築材料を集めることになった。 それは周囲に生える木であり、ありあまるほどにあったのだが。 Gたちはともかく、ハーレムはまったく働かない。ただどっしりと石に腰をかけ、皆が働くのを悠々と眺めている。 リキッドは一本の大きな木を運ぼうとしながら、それを見てしかめっ面をした。 「ほんとにあの人は変わんねーな・・・あ、やべっ」 そちらに気をとられバランスが崩れる。 それをアラシヤマが支えた。 「お・・・おう。サンキュ」 ぎこちなく礼を言うリキッドに、アラシヤマはするどい視線を向けた。 「礼にはおよびまへん。師匠に言われたさかいやっとるだけどすわ。・・・まぁ、しかたあらしまへん。一時休戦どすな」 「そうだな・・・それどころじゃねぇし」 2人で木材を運び終え、ふと見ると、がGの地爆破によって掘り倒された木材を運ぼうとしている。 「おいおい、あいつにあんなん無理だろ」 リキッドがを手伝おうと駆け寄る。 しかしアラシヤマはそれに習わず、リキッドを呼び止めた。 「ちょっと待ちなはれ」 「あ?なんだよ・・・ぐげぇっ!!!」 リキッドの側頭部を鈍痛が襲った。 木材を肩に担ぎ上げたが振り向き、その木材がリキッドの頭を強襲したのだ。 よくあるお約束の惨事である。 どくどくと頭から血を流し倒れているリキッドを見て、も事態に気づいた。 「あ、悪ぃ」 「ち・・・力持ちでらっしゃるのね・・・」 「は?何言ってる。このくらい男なら持ち上げられるだろう?」 「つってもあんた男じゃないじゃん女じゃん!」 「女だからって嘗めるな。そう言われるのが嫌だから、身体は少なくとも男並には鍛えてんの!」 「ならそのくらい大丈夫どす。忠告聞かんからそうなるんどすわ」 「言うの遅いんだよっ」 「あ、これお願いできますか隊長」 リキッドを踏み越えがアラシヤマに言うと、反応したのはハーレムだ。 「あん?なんか言ったか?」 「あ、いえ。こっちの隊長です」 「こっちの隊長ぉ?アラシヤマか」 「はい」 「ややこしい!呼び名変えろ!」 「え、や、でも」 「隊長は俺ひとりでいい」 ふんぞり返ってハーレムは言った。 横暴な理由であるが、どちらも隊長では確かにややこしい。 だが。 「で、でも隊長は隊長ですし・・・」 「あ!それそれ、言い忘れてたんだけどさぁ」 ロッドがの背後から言った。 その距離の近さに思わずが跳び退る。 その仕草にロッドはにやっと笑った。 「本部の盗聴したときに一緒に聞いたんだけどぉ。マーカーのお弟子ちゃん、隊長降ろされちゃったみたいヨ」 「ええっ!」 「なんか連絡遅いってマジック様ご立腹だったみたいだけど。それに隊員がみんな移籍しちゃったんだってぇ?」 「じゃあ丁度いいじゃねぇか。、隊長は俺ひとりだ!わかったな!」 話はついた、いや、つかせたとばかりハーレムは持っていた酒瓶をあおった。 はアラシヤマを見たが、思ったほど衝撃を受けているわけでもないようだ。 むしろ達観したように穏やかな表情をしている。 「あの・・・隊長」 「、わてはもう隊長やあらしまへんえ。ハーレム様に怒られてまう」 「う・・・」 「なぁ・・・わてずっと思っとったんどすけど、わての部下にならはったとき、なんで急に敬語使い出しはったんどすか?」 「それは」 「突然よそよそしくならはって。わて友達あんさんくらいしかいてへんし、できるなら前みたいに普通にしゃべってほしいんどすわ」 「とっ、友達っ?」 「・・・違うんどすか?」 「え・・・あ・・・」 が言いよどむと、アラシヤマの表情は翳った。 小さくため息をつくと、から木材を受け取り離れていく。 「あっ・・・」 言いたい。言ってあげたい。 その沈んだ背中を呼び止めて、もちろんそうだ、その通りだと。 そうすればアラシヤマは笑ってくれるだろう。 だが。 だが。 だが。 士官学校時代から、確かにふたりは友だった。 共に戦場を駆け、信頼しあい、命をあずけられるような。 そのどれも変わったわけではない。だが今は違うのだ。 ただひとつ、の中で想いだけが。 それはすべて、何も、アラシヤマには言ってはいない。 決意も想いも何もかも、自分で勝手に我慢しておいて、わかってほしいというのは無理がある。 それを、友達と言われたくらいで。 (泣きたくなるなんて。ああ、もう、泣いてはいけないのに) 友達だなんて、どうしたら認められようか。 それは一線を引いてしまう言葉。 それを認めたなら、果たしてその先はあるのだろうか?それが怖いのだ。 なんという身勝手だろう。すでに上司と部下という一線を引いたのは自分だ。私心をかくしてきたのも自分。 それなのに。 足の下のリキッドが身じろぎした。 「そろそろどいてくれると嬉しいんだけどね・・・」 「うるさいっ」 「うげっ!」 リキッドをぐしゃりと踏みつけ、また木材を集めにもどるを、ロッドは見ていた。 あとに残されたリキッドを立たせ、また作業に駆り立てる。 「ほらリキッドちゃん、さぼってると隊長に言っちゃうよぉ〜」 「わ、わーってますよっ」 「まぁったくみんなかわいいねぇ・・・おにいさんとぉっても喰べたくなっちゃうよ」 「え?」 「なんでもないよ〜ん。はらさっさと行った行った」 リキッドを見送り、ロッドは自身も作業に戻った。 >>next