「食事のありがたさを知るために、今日のオカズは自分達で釣り上げろ!」

そう言ったリキッドが、コタローとパプワに長良川の鵜さながらに使われかれこれ30分。
アラシヤマとは海岸線の密林に潜み、その様子を観察していた。

「何を主夫くさいことばかり言うとりますのあのヤンキー。しかも結局自分で魚捕ってはるし」

「コタロー様にいいように使われてるようですね」

リキッドが海から上がってきた。
咥えていた魚も含め、かなりの大漁のようだ。

「・・・、コタロー様は確かにご自分のことをロタローと言わはったんどすな?」

ロタローが庶民がどうのと不満を言いながらもに喜びの声をあげていた。
は頷く。

「最初はリキッドがそう言わせているのかと思いましたが、あの様子では、おとなしく言うことをきいているというわけでもなさそうですね」

海の方でぼちゃーんと大きな水音がした。

「取ってこいよ馬鹿!!!」

ロタローが真珠ほしさにリキッドを蹴落としたらしい。
目をぎらつかせ、どこから持ってきたのか銛まで構えている。

「・・・あの一族の性格はまぁ・・・根っからやと思いますけど」

「ですね」

再び無理矢理潜らされたリキッドのそばをロタローたちが離れないとみて、2人は岩陰伝いに移動した。
がジェットスワンを隠した場所に向かう。
アラシヤマは思案顔でいたが、なにやらひらめいたようだった。

「もしかしたらコタロー様は、記憶喪失か何かの可能性がありますな」

「記憶喪失?」

「話やと、コタロー様は帰りたいかと聞かれ、わからないと言わはった。ご自分で逃げたした場所やのに、おかしいでっしゃろ」

「確かに・・・」

となると連れ出すのにはかなり有利だ。
今のままでも十分やっかいではあるが、何よりも秘石眼を発動されるのが一番怖い。
油断させて近づくという作戦はもうあまり効果はないかも知れないが、記憶がないなら何とでも言い様はある。
あとは脱出経路だ。

「隊長、ここです」

が指し示した岩場の影には、グンマ作なんちゃって水上ジェットスキー兼潜水艇がしっかりと隠してある。
できれば乗りたくないが、そう贅沢も言ってはいられない。

「どうどす?直りそうどすか?」

「やってみます」

「頼みまっせ。わてよりあんさんの方が手先は器用どすからな」

グンマのところによく訪ねていたせいか、はちょっとした加工、修理の腕があった。
アラシヤマが使った潜水スーツは1人乗りの偵察専用で、コタロー奪還には使えない。
コタローを連れ島から脱出するには、もしもを考えコタローを見張る者と、ジェットスキーを運転する者がいるのがベストだ。
の乗ってきたジェットスワンは2人乗りだが、子供のコタローならば一緒に乗れるだろう。
の腕が少なくともグンマ以上であることを信じ、アラシヤマは待った。

しばらくして。
ジェットスワンの修理を終えたは、岩場の間に立ちアラシヤマに声をかけた。

「隊長」

「いけそうどすか?」

「大丈夫そうです。これでなんとか・・・」

の視界が不意に暗くなった。
雲でも出てきたのだろうかと頭上を仰ぐが、雲はひとつもない。
しかし影はさしている。
アラシヤマが固まり、は怪訝な顔できいた。

「どうしたんですか?」

「う、後ろ、後ろ」

「後ろ?」

震える指で指差したアラシヤマの視線をたどる。
振り向くと海からピンク色の壁が生えていた。
いや壁ではない。ぐっと首をそらすと、ずらりと並んだ鋭い歯が見えた。

「じ・ん・に・くっ」

「じんにく?」

「人肉ぅううう〜!」

「でぇええええええ!森の中で見たティラノサウルスっ!」

襲い掛かってきたオカマティラノのハヤシの強靭な顎は、が飛び退くのと同時にジェットスワンを噛み砕いた。

「ぎゃー!唯一の脱出経路がっっ」

金縛りを解かれたアラシヤマが駆け寄る。

「っ!大丈夫どすか!?」

「私は大丈夫ですがスワンが!」

「命あってのものだねどす!」

「ぅん!いけずな人肉ねっ」

人肉と言うからには、この恐竜は確実に自分たちを食おうとしている。
どこのジュラ紀からきたのかは知らないが、おいそれと食われるわけにはいかない。
しかしあちらもおとなしく逃がしてくれそうにない。
2人は再び襲ってきた顎を避け、各々の技を繰り出した。

「脱出経路を絶った責任とってもらいます!弱肉強食、今晩の晩飯になりなはれ!」

「時間かけてやっと直したのにっ!恐竜なら遠慮はしない・・・丁度いい、ここらで本気出してやる!」

極楽鳥の舞!!!

激化氷刃!!!

火炎の巨鳥と氷の刃が生成された。
それを受け、ハヤシは悲鳴を上げ・・・なかった。
ハヤシがその巨体に似合わぬすばやさで海にざんぶともぐり、アラシヤマの極楽鳥をやりすごす。
一方の氷刃はハヤシではなく、アラシヤマへと切っ先を向けていた。
しかもそれは、が思い描いたよりも巨大なものだった。
アラシヤマは炎の壁で飛んできた氷刃を防いだ。

「っ!わてを殺す気どすかっ!」

「え・・・あれ・・・?」

「元気なナマモノは好きっ」

ハヤシが海から伸び上がる。

「も、もう一度っ」

しかし放たれた氷刃は先程とは打って変わって小さく、目標を素通りして海へと落ちた。
何度やってもうまくいかず、は焦った。

「体質が・・・コントロールできない・・・?」

「く、わての炎も海じゃ効果あらしまへん!」

「ならこれで!」

は地面に手のひらをぴたりとおしつけ、ハヤシを見据えた。
今度こそ失敗はしない。

「氷結界!!!」

「あらっ!あらあらあらぁ〜!」

みるみるうちに地面、そして海を通しハヤシが凍っていく。
それを呆然と見ていたのはアラシヤマ、そして当のだった。

カキンと固まったハヤシを見て、訪れたのは"あの日"のフラッシュバック。

氷づけのトンボ。
幼子の背中。
ひそやかな会話。
玩具屋の鮮やかな色彩。
冬。

「う・・・」

はそれを無理矢理心の奥底に押し戻した。
吐き気がする。思い出したく無い。

「、やりますな!海ごと凍らすとは・・・」

「あんなに・・・するつもりはなかったんですが・・・。ただ足止めするだけのつもりで」

やはり体質のコントロールがきかない。
のこのところの不調は無視できないものがあった。
意思に反し力が暴走しているような。

(まさかまた・・・)

あれは自分のせいではなかった。
あのときのことは、両親のことはしょうがなかったのだ。
そんな堂々巡りの思いはもうしつくしたと思っていたのに。

氷づけの・・・
幼子・・・
ひ・・・

まだつきまとうのか。
は首を振って、その思考を打ち消した。

アラシヤマはハヤシを横目で見て言った。

「まぁ食われなかったんやさかい、結果オーライどすわ。しかしこうなると・・・本気で食料の心配をせなあきまへんな」

「そう、ですね・・・」

もハヤシを見る。
恐竜も突き詰めて言えばでかいだけのトカゲだ。
トカゲは実践ではもちろん、士官学校時代のサバイバル演習などで度々口にしている。
極限状態の中でなければ普段好んで食べはしないが、島で十分な食料が確保できる保障はない。
アラシヤマが4年前ここで生活していたのだから、なんとかはなるだろうが。

「言うたかて4年前恐竜なんかいてなかったし、なんや島の様子も以前とは違うようどす。用心するに越したことはないどすな」

「じゃぁ・・・」

「へぇ・・・」

2人はじりじりとハヤシに近づいた。
と、どこからかカンコンと高らかな音がするではないか。

「なんどすかこの音は?」

「た、隊長!あれっ」

が指したのはハヤシの頭の上。
何かがドラムのスティックで凍ったハヤシの頭を叩いている。
目を凝らせば、それはやたらと顔の濃いラッコだった。

「叩くぜ叩くぜー!」

「叩くなラッコ!」

「あんさんどなたはん!?」

突っ込んだとアラシヤマを見下ろし、ラッコはふと不敵に笑った。

「私、オショウダニと申します。かれこれ2週間ぶりの私の演奏・・・聞き惚れてしまうのも無理はありません」

「ああっ!駄目だ、人の話聞かないタイプのやつだこいつ!」

「誰もあんさんの演奏なんか聞いとりまへんえ!」

「特にそちらの女性・・・俺に惚れたら火傷」

「言わせねぇぞ」

十分に格好をつけて言ったつもりであろうオショウダニのセリフを、は真っ向からぶった斬った。
セリフの先を潰されたためか無言で2人を見つめるオショウダニ。
痛い沈黙の後、オショウダニは目を閉じ、ふわりと優雅な動きで自前スティックを振り上げた。

「叩くぜ叩くぜー!一瞬の恋心もすべて叩き潰すぜー!」

「だから叩くなー!てか恋心?恋だったのかこんちくしょー生理的に無理ですごめんなさい」

「ああ!男にとって最悪の振られ方ワーストワンをぶつけられてラッコの打撃速度が上がりなはったー!」

氷に亀裂が走った。
オショウダニの打撃により、さらに亀裂は大きくなり、上から下へとまっすぐ突き抜けた。
そして氷はきれいにパカッと割れ、中から無傷に元気なハヤシが飛び出してきた。

「パカっと!ハヤシくん復活ぅう〜!」

「ああッ!凍ってたのは表面だけだったのかっ!ラッコが余計なことするから!」

「待ちなはれオショウダニ!って速ッ!」

ハヤシの復活と共に猛スピードで泳ぎ去るオショウダニ。
その速さは尋常ではない。
ハヤシは2人を見てにんまりと笑った。

「もぅっ!冷たいんだからぁ!今度こそ・・・いっただっきま〜す!」

「だぁああああ!!!」

そのときまたもや現れた通りすがりのナマモノ。
それはのけぞった2人とハヤシの顎の間に滑り込んだ。
ハヤシの前牙がガギッと嫌な音を立てて欠ける。

「い、いやぁぁぁ〜んアタシのチャームポイントが〜っ」

これにはたまらず、ハヤシはドスドスと走り去った。

「なっ、なんどすのっ?」

「あ、あれは・・・!」

ふたりを守ったもの。それは逆光をあび仁王立ちをしていた。

「いやぁ、間に合ってよかった」

「あんさんは・・・」

「え、おっちゃん?だたの通りすがりの貝やで」

巨大な頭にひょろりとした体。
確かにどう見ても貝ではあるが、二本足で歩く貝というのは、なんとも奇妙である。

「貝・・・どすか」

「貝って・・・」

「おっちゃんさっき心入れ替えるってある坊ちゃんに誓ってな?嬢ちゃんらピンチやったみたいやからかけつけたんや」

「え・・・ええと・・・それはどうも、危ないところを・・・」

「ん?んんん?」

戸惑いながらも礼を言うの顔を、貝はずいっと前に出て見つめた。
実際どこに目があるのかよくわからないのでなんとも言えないが、雰囲気はそんな感じだ。

「な、なんですか」

「いや・・・嬢ちゃんさっきの坊ちゃんにごっつ似とるな」

「坊ちゃんて?」

「確か・・・ロタロー、やったかな?」

「ロタローって・・・コタロー様!?」

「知り合いなんか?」

「い、いや・・・」

は困ってアラシヤマを見た。
しかしアラシヤマもまた困惑顔だ。
今までそんなことは言われたことがなかった。
自分がコタローに似ている?

「あ、そうや!ついでやから嬢ちゃんにこれやるわ!」

まごつくに構わず、貝はの手に何かを握らせた。
手をひらくと、きらきら光る欠片が手のひらを転がった。
表面が虹色に光っている。

「おっちゃんの砕けた真珠の一番おっきな欠片や。パプワ島の魔法誓いんとこ持ってき。いいもん作ってくれるかも知らんで」

「ま、魔法使い?」

聞き返すが、残念ながらこの貝も人の話を聞かないタイプのやつのようだ。
すでにの話は聞かず、別のことをしゃべっている。

「それにしてもおっちゃんこれからどないしょうかなぁ。今まで呪いの貝としてやってきたんやけど・・・それも今日でやめやし」

「え、行くところないんですか。貝さんご家族は」

「おらへんおらへん、独り身や。長年呪いの貝やっとって、おいちゃんに何かあっても悲しんでくれるやつもいてへんのよ」

「ほぅ・・・」

「そうどすか・・・」

それを聞いて、とアラシヤマの目がかっと光った。



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