浮かぶ飛行船。その横腹には、元殺し屋集団ガンマ団のシンボルマークが、見るものの恐怖をかきたてていた。

悪者限定お仕置き集団などと言っても、人々のイメージは変わらない。
いまだガンマ団のマークを見れば、たいていの者は道をあけた。
ハーレムは、それを知っていて、あえて見せびらかして歩いている。
そうすれば大抵のことは思い通りであるし、何よりガンマ団特戦部隊に恨みをもつ者たちが、向こうから襲ってきてくれるからだ。
シンタローによってガンマ団を追い出されたハーレムの、このところの唯一の楽しみはそれだった。

(あーあ。なんかおもしれーコト、ないもんかね)

丁度空になった酒瓶を転がし、ハーレムは先ほどから騒がしい自らの部下に声をかけた。

「おーいなんの話だぁ?」

「あ・・・隊長・・・!」

「楽しそうじゃねーか・・・オメーら!」

ロッドがハーレムの座るソファの後ろからすかさず答える。

「おもしれぇ情報が入ったんすよ。眠り姫が例のあの島に逃げ出したって!」

「ほぉ、あのガキが?」

「あ!あと、マーカー、G。お前らのお弟子ちゃんふたりもお姫様を追って行方不明だってよ」

「アラシヤマ・・・あの馬鹿弟子が」

「・・・む」

それ以上は何も言わない2人だが、やはり気にはなるのだろう。
そわそわと足を組み替えたり、Gにいたっては咳払いを連発している。
ロッドはそんな2人の様子を見て肩をくすめた。

「俺は弟子なんて持ったことないからなあー。2人の心配な気持ちはわかんねぇな!」

「黙れロッド。誰が心配なぞしているものか。第一お前が弟子なんかとったら男でも女でも喰ってしまうだろうが」

冷やかしの言葉をしっかりと聞き逃さず、マーカーがすかさずやり返す。
しかしロッドは否定をせず、むしろ大きくうなずいた。

「まぁな!お前の弟子もあの坊主もかわいかったからなー。さすが美少年の宝庫ガンマ団。俺のとこにくればもっとかわいがってやったのに!」

公然とホモ発言をしながらにひっと笑うロッド。
Gが呆れ顔で発言した。

「・・・ロッド、は女だ」

「え・・・えええええええええええええええ!Gがしゃべったあああああ」

「そこじゃないだろ」

口に手を当て、大げさに驚くロッドの革ジャンのすそに火がついた。
マーカーの少々激しいつっこみである。

「うああああああっちゃあああああああっっ」

「何だ、あの坊主女だったのか」

「隊長までそう思ってらしたんですか。は女ですよ。なあG」

「正真正銘そうだ」

Gはロッドの言葉に多少傷ついたように小さく言った。
そのロッドは自力で火を消したが、誰もそちらに気を向けない。

「隊長っ!何で平然と話続けてるんすかっ!」

「面白いから」

(このオッサン・・・!)

と声には出さず心で言い、ロッドは焼け焦げた革ジャンのすそをつまんだ。
ハーレムはそれをふんと鼻で笑うと、再びマーカーに向き直る。

「だがマーカー。俺はお前の弟子にそうきいたんだぜ?」

「ああ、あいつも当時を男だと思っていましたから。それには、士官学校にも男として入学させられたようですし」

しれっと言うマーカー。
ロッドは焼けた革ジャンを脱ぎながら恨めしげにマーカーを見た。

「知ってたのに教えなかったのかよ!マーカー、お前ほんと根性悪ぃっていうか自分本位だよな!」

「自分本位という言葉を知っていたのか。驚きだなうすら馬鹿」

「なあっ!」

言い合う2人を尻目に、ハーレムはGが持ってきた新しい酒瓶を受け取った。
無言で仏頂面だが、一番気配りができて気が利くのはGだ。
しかも顔に似合わずかわいいもの好きで、裁縫も得意ときている。
言ってはなんだが、特戦部隊(元)の母的ポジションに位置している。
繕ってやる気なのか、すでにその手にはロッドの革ジャンが握られていた。

「G、あの坊主はお前んとこで何を学んでたんだ?まさか裁縫じゃあるまいな。花嫁修業か!」

冗談を交えて言うが、Gはぴくりとも笑わない。
まったく反応がないので、ハーレムは心の中で先月に続き今月もGの減給を決めた。
もっとも減給するほどの給料は払っていないが。

「教えたには、教えましたが」

「教えたのか!」

「・・・アラシヤマの方がすじはよかったですね」

「アラシヤマにもかよ!」

Gはギャクもシリアスも真顔で言うのでよくわからないが、どうやらハーレムの心の中での減給決定を感知してなんとか言葉をひねり出したようである。
ツッコミのマーカーがロッドと対戦中のため思いがけずツッコミに回ってしまったハーレムは、減給対象をマーカーに置き換えた。

「・・・俺が教えたのは、俺が知りうる限りの戦闘術の全てと・・・何より感情を殺す術です。当時は幼く、まだ自分の力を制御できなかった」

「力?ああ、例の特異体質か。それで親に見捨てられたってか?ガンマ団内じゃよくあるこった。顔はいいが変なやつが多いからなぁうちは」

「・・・いえ、が親を殺したんです」

傾けた酒瓶がぴたりと止まった。
ハーレムが片眉を上げる。

「ほぉ・・・親殺し・・・。そりゃ大罪だ」

ハーレムは十数年ほど前のを思い浮かべる。
記憶はおぼろげだが、その面影は少年にしか見えなかった。
内気なアラシヤマとも違い、よくしゃべり、よく笑っていた。
感情を殺す術?それは果たして伝授されたのか。

(あの坊主が親殺し、ねぇ・・・ま、兄貴もモノ好きだからな。しかし、女だと?いや・・・何か匂うぜ)

突然ずどんと、船内に鈍い音が響き、飛行船が大きく揺れた。
特戦部隊に恨みをもつ輩の仕業だろう。
船内に警報が鳴り響く。いがみあっていたマーカーとロッドも、はっとハーレムを見る。
その目は戦いを欲し、強くぎらついていた。
ハーレムはふっと笑い、開けたばかりの酒瓶を放り投げ、3人に戦闘態勢に入るよう指示をした。



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