リキッドはぐっと力を込めていた手の力を抜いた。
と言っても気を抜いたわけではない。
まだアラシヤマももいるのだ。油断はできない。
パプワとロタローが去った方をちらりと見ると、ふたりはもう見えなかった。

「・・・お前がパプワにもう少し近づいていたら、黒コゲにしてやるとこだったぜ」

お前というのはもちろんのことだ。
しかしからの反応はない。
アラシヤマが苦笑し、変わりに答えた。

「おお怖。触れたくらいで黒こげにされたら堪りまへん。よほど大事にしてはるんどすなあ」

「ぬかせ」

リキッドは無表情で佇むの足元を見た。
確かに花は凍っている。

「特異体質って言ってたな。ものを凍らせるのか」

少し間が空いたが、今度は本人から答えが返ってきた。

「・・・感情の起伏によって、身体から冷気が発生する。凍傷、凍結による破壊・・・ものを凍らせることなどたやすい」

「だからって子供を凍らせて連れてこうとするなんて・・・おかしいだろ!」

「任務だからしょうがないだろう」

「任務ってだけでどんなことでもするってのかよ!」

「・・・それが、任務なら」

「なっ!」

かっと頭に血が上ったリキッドをたしなめたのはアラシヤマだった。
パンパンと手を打ちリキッドの注意を引く。

「はいはい、あせらなくても、わての部下が世話にならはった礼は十分にしますえ」

「・・・今度は本気らしいな」

「失礼どすな。わてはいつでも本気どす」

ぴりりと空気が震えた。
地を蹴ったのは、3人同時だった。
放たれたプラズマをいなし、アラシヤマとはリキッドを挟み込んだ。
リキッドは上下左右ばらばらに襲ってきた蹴りを回転を利用し避け、二人の軸足を掃う。
アラシヤマはそれに対し片手で跳ね上がり、炎を放った。

「極楽鳥の舞っ!」

「なっ!」

リキッドの後ろには受身をとって転がり立ち上がったがいる。
この位置ではアラシヤマの放った炎はにもダメージを与えてしまう。
一瞬行動を迷ったリキッドの腕を炎が焼いた。
痛みで気がそれた隙を逃さず、がリキッドの足を冷気の塊で覆う。
たちまちリキッドの足が凍った。
それを見計らい、は後方に跳びつつ氷の刃を放った。

「激化氷刃!」

「う・・・!」

危ないところでそれを交わしたリキッドの体勢が崩れる。
それに追い討ちをかけようとしたアラシヤマにプラズマが放たれ、アラシヤマはすかさず飛び退り、リキッドと一定の距離をとる。
攻めにも守りにも有効な、ベストな距離だ。

「何どす今のは。を庇おうとしはったんどすか。わてがごとあんさんを攻撃したとでも?」

「私の体質なら冷気の壁を張れば炎は防げる」

同じくリキッドと距離をとったがつけたす。
計算の上での攻撃だったのだ。敵に情けをかけた報いか。

「・・・ち」

「わかりましたやろ。わても4年間ガンマ団で遊んでたわけやあらしまへんで。あんさん島暮らしで鈍ったんやないどすか?」

「ふん、人殺しの組織で出世したって自慢できるもんじゃないぜ」

「違いますわ。今のガンマ団はシンタローはんの意向で殺しはやりまへん」

「でもさっきはそいつ、あいつらを氷付けにしようとしたじゃねぇか!」

ぎり、とにらまれるも、は表情を変えようとしない。
憎悪をぶつけられることなど慣れているといった具合に、淡々と答える。

「まさか。コタロー様を殺すわけないだろう。コールドスリープ。一時的な凍結だ」

「だから!そこまでしてガンマ団にいる意味がわかんねぇよ!お前らこんなことしてて楽しいのか!」

「なに・・・」

リキッドが叫んだ言葉に、がつぶやいた。
表情はないものの、瞳には妖しい光が宿る。
構えることすらやめて、はリキッドに向かって突進した。

「あきまへん!落ち着きなはれ!」

リキッドは威嚇のためプラズマを繰り出すが、はとまらない。
アラシヤマの声も聞こえていない様子である。

「だあああああっ!」

先ほどと比較にならない巨大な氷刃が飛ぶ。
しかしその攻撃は大振りで、足の感覚が確かではないリキッドにも容易に避けることができた。
当たらないと見てか立ち止まったの表情が、戦闘が始まって始めて歪んだ。

「っ!・・・貴様のそれは"技"なんだろう・・・」

「・・・プラズマのことか?」

「私たちのは・・・"体質"だ!一生、ついてまわる・・・こんな体の人間に、ほかにどこに居場所があるって言うんだ!?」

リキッドの息をのんだ音は、叫ばれた声にかき消された。
が上に向けた手に再び冷気の塊を生成する。
先ほどよりもさらに大きい。周囲の熱が全て奪い取られていくようだ。

「私たちがこの体のことでどれだけ辛い思いをしたか・・・貴様にわかるのかっ!!!」

その冷気は凄まじいが、冷静ではないの攻撃は単調だった。
リキッドはまっすぐに突いてきたの攻撃を僅かな動きでよけ、その腹に拳を打ち込む。
ぐらりとゆれたの身体を、火傷をしていない方の腕で受けとめた。

「!」

アラシヤマが呼ぶが、反応はない。

「・・・気を失ってるぜ」

「いつもはあないに熱くなったりせえへんのに・・・」

「おい、アラシヤマ」

盾にするようにをアラシヤマの方に向ける。
途端、アラシヤマの身体から炎が立ち上がった。

「リキッド・・・あんさん・・・」

「そんな怖ぇ顔すんな。俺だってこの島で戦いなんてほんとはしたくないんだ。あいつはこの島にいて今楽しんでる。無理矢理連れ帰ることないだろ?」

「・・・」

「ここら一帯焼け野原にするつもりか?これ以上島を傷つけたら俺だって本気になるぜ。・・・ほら」

リキッドはゆっくりとを地面に横たえた。
何もしないという意思表示に、両手を軽くあげてそのまま下がる。

「こいつ・・・だっけ?返すよ。そのかわり、あいつを連れ戻そうとするの、もうやめてくれねぇか」

リキッドが十分に下がったと思われるころ、アラシヤマは炎を消し、警戒しながらもの元へ行き、抱き起こした。
気絶している以外何もされていないと確認してほっと息をつく。
そして気まずそうにリキッドを見てつぶやいた。

「ふん・・・あんさんがもしに何かしてはったら、炭にしたろと思うてましたわ」

「・・・ははっ、お前がさっき俺に言ったこと、そのまま返すぜ」

『触れたくらいで黒こげにされたら堪りまへん。よほど大事にしてはるんどすなあ』

自分でも思い至ったのか、アラシヤマは頬を染め、を抱え上げた。
そしていったん咳払いをし、真顔になりリキッドを見据える。

「悪いどすけど、コタロー様のことは諦めるわけにはいきまへん。今のわてらの家はガンマ団。任務を放棄するいうことは、家を失うことと同義どす」

「アラシヤマ・・・」

「今日のところは退きますわ。次は覚悟しときなはれ」

言い、を抱えたまま木に跳び上がったアラシヤマの背中に、リキッドは声をかける。

「体質のことは・・・謝る。すまん」

「・・・聞かんかったことにしときます」

立ち去ったアラシヤマの気配が消えると同時に、リキッドはその場にどさりと腰を落とした。
腕はかなりの火傷だ。ひりひりと痛みが疼く。
それに足がおかしい。凍傷にでもなったようだ。
氷はが気を失ったときに溶けさっていた。

「上は炎、下は氷、これなーんだってか・・・。まったくなんてコンビだよ。あーあー、アラシヤマのあの顔!あいつら付き合ってんのかな・・・よっと」

身体に鞭打って立ち上がる。
きっともうパプワたちは夕食を食べ終わっているころだ。皿洗いまでにかえると約束した。早く帰らなくては。

(4年の差は大きい、か・・・)

あのふたりはかなり強い。
だが以前の自分なら少なくとも今よりましに立ち回れただろう。
確かに勘が鈍ったのかもしれない。
この島を守ると誓っておきながら、この様はなんだ。自分が情けない。

痛む腕と足を気遣いながら、リキッドは家路についた。










意識がもどったは、体の浮遊感を覚えた。
を抱えていたアラシヤマに名を呼ばれる。

「?」

「う、わっ!」

自分が俗に言うお姫様だっこをされているのに気づき、驚いたは暴れた。

「わ、ちょ、!」

突然暴れられ、それを予測していなかったアラシヤマはを抱えたまま仰向けに倒れた。
背中を打ち、さらにその上にの体重がかかり、アラシヤマの肺から空気が逃げる。

「ぐふぇっ」

思いっきり胸の上に乗ってしまい、は慌てて飛び退いた。

「す、すみません隊長!大丈夫ですか!」

「いや、う・・・大丈夫どす」

「ほんとにすみませんっ」

「わての不注意どすから・・・」

「すみませ・・・」

うつむいた。
アラシヤマを見ようとしない。

「・・・さっきのことどしたら、それこそ気にすることあらしまへんえ」

は片手でがっと自分の顔を押さえた。
寄せた眉、食いしばった歯。
これではまるで泣くのを我慢しているようではないか。
見られたくない。自分の弱さを。

自らの分岐点となった18年前のあの日から。は何があっても泣こうとはしなかった。
特に任務のときは常に冷静無感情。自らをガンマ団と知り、冷酷無慈悲であれと。
それは感情によって起こる特異体質によって、間違って味方を巻き込まないためでもあった。
しかし、いくら無感情でいると言っても人であるからには限度がある。

同じく感情で力が発動する体質であるアラシヤマは、たびたび感情を爆発させていた。
それは怒りであったり、戦うことへの意欲であったり。
日常的に発現し、アラシヤマにとってはそれはどうしようもないことであり、当たり前だった。

だがにとってはそうではない。
それは、何かを恐れるように。

「隊長・・・この島はおかしいです。ここにいるとなんだか・・・今までこんなことなかったのに、我を忘れるなんて」

「この島は、人を変えるんどす」

「・・・4年前の隊長のようにですか」

「わてが?」

アラシヤマはまさかというように言った。
がうなずいても、信じてはいないようだ。

「わて、変わったんやろか?」

「私はそう思ってました。・・・ずっと言うの、我慢してましたけど」

「4年もどすか・・・。ほんまあんさんは、あのちみっこが言いはったみたいどすけど、いつもいつも我慢しすぎでっせ」

「・・・」

「もう、ええんとちゃいますか?」

「でも」

「あんさんはもともと、そないにおとなしいたちやないでっしゃろ」

それは、自分がアラシヤマの部下になってからのことを言っているのか。
確かにときどき、ほんとうの自分でアラシヤマに接したいと熱望するときもある。
前のように、敬語も立場もとっぱらって話したい。
だがその壁を作ったのは自身だ。
何よりも、アラシヤマを想っている。
だからこそ。

ふいに肩に手が添えられた。

「あんさんには、わてがおります」

(・・・ああ)

その言葉を、あなたは覚えていますか。
私の希望のすべて。その言葉こそが救い。
でも言わないで。その瞳を向けないでほしい。
気持ちがあふれてしまったら、私はいったいどうすればいい?
その術がわからない。
何も。

の喉がひくっと音を立てる。
しかし、それでも涙は流れなかった。

「・・・はぁっ・・・ひゅぅっ」

アラシヤマはの喉が立てる異常音を聞き取った。様子がおかしい。
空気を飲み込むように息をし、はどさりと地面横たわった。

「!」

(空気が・・・空気がない・・・そんなのは、嫌だ)

もし、素直になれたとしたら。
きっと私はあなたを殺すでしょう。



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