コタローもといロタローは、パプワとチャッピーと共に森にある花畑で花摘みをしていた。
一面に広がる南国の花。
ぷちぷちと花を摘み、それを両手に抱える。

「みてみてパプワくん!このきれいなお花!お姫様なぼくにぴったりだと思わない?」

「はっはっは、そうだなロタロー。でも花を採りつくしてはだめだぞ」

「わう」

「はーい」

「む!」

突然パプワがばっと近くの木立を振り返った。
ロタローもそちらを見るが、特に何があるわけでもなさそうだ。

「どうしたの?パプワくん」

「いや、気のせいかも知れないが、誰かがいたように感じてな」

「ええー!可愛いぼくを狙った誘拐犯かもしれないよ!怖いよパプワくん!」

「うむ、様子を見てくるからここで待ってろロタロー」

「うん、気をつけてね」

ロタローが見守る中、パプワは勇ましくチャッピーの背中に乗り、森に入っていった。
しんとした花畑、残されたロタローは心細さを感じ、独り言をつぶやく。

「すぐもどってくるよね。大丈夫、パプワくんに敵うやつなんていないよ」

ロタローは気をとりなおし再び花を摘みにかかった。
鼻歌を歌いながら気を紛らわす。
そして目の前に咲いた小さなピンクの花に手を伸ばしかけたとき、視界の隅に人影が映り、ロタローは跳び上がった。

「だ、誰!」

ロタローの前に姿をあらわしたその人物は、美少年めいた顔に微笑を浮べた。





アラシヤマは菓子袋をつけた紐を引っ張りながら、気配を探り頷いた。

「どうやらはうまくやっとるようどすな」

コタローはすでにアラシヤマと顔を合わせている。
アラシヤマとの関係性を疑わせてはならない。警戒心を抱かせてはならないのだ。
今コタローのそばにリキッドはいない。そしてパプワも。

「んば!」

「わうー」

パプワとチャッピーは、アラシヤマが紐で操る菓子の袋に気を取られ、ロタローからどんどん離れてきている。
強いと言ってもやはり子供か。
ロタローひとりというこの大きなチャンス、なんとしてもものにしなければ。

(リキッドは夕食の準備中やさかい、わざわざコタロー様を迎えに来ることはない・・・)

パプワに任せれば大丈夫だと思っているのだろう。

(甘おすな、リキッド!、任せましたえ)

とそのとき、アラシヤマははたと気づいた。
リキッドは、男性恐怖症かもしれないというが京都弁を使ったことによりその正体を見破った。
しかしは自分には京都弁を使っていない。

(もしかして、わてが上司やから我慢しとるのんか)

「んばば!」

「おっと!」

危うくパプワに菓子袋を取られそうになり、アラシヤマは紐をさっと引いた。
今はこちらに集中しなければ。

(・・・わての部下になってから、は変わらはった)

ふ、と息をつき、アラシヤマはまた紐を引いた。





ロタローは目の前にあらわれたをまじまじと見つめた。
大変美しいが、それは美女というよりは美少年と言ったほうが合っているのではないかというような顔立ちだった。

「お、おねえさん誰?パプワ島の住民・・・だったらパプワくんが紹介してくれるよね・・・」

「それ」

「え?」

「その花。そんなにたくさん摘んでどうするの?」

「えっと、別に何もしないよ」

「じゃあ、少しくれないかな」

「うん・・・いいけど」

差し出された花束を受け取り、はロタローのすぐ横に座った。
何故だか懐かしく感じる。
どこかで会ったことでもあるのだろうかとロタローは首をかしげた。

「ねえ、おねえさん名前は?」

「」

「ぼ、ぼくはロタロー」

少し照れて言うと、はちょっと目を見開いた。
長い睫毛、髪色と同色の瞳に目を吸い寄せられる。

「ロタロー?」

「うん、ロタロー」

「そう・・・」

顔をかすかに曇らせたを、何故だか笑わせたくて、ロタローは何か話すことはないかと慌てた。
ふと見ると、は先ほどの花束で何かを形作っている。

「ねぇ、それ何作ってるの?」

「花の王冠だよ」

「へぇ!きっとに似合うね!」

意気込んで言うと、は完成したらしいそれをロタローの頭に乗せた。
視界にあるの顔は笑っている。

「ロタローくんに作ったんだよ」

「わぁ!あ、ありがと・・・なんだかくすぐったいや」

くすくすと笑うロタローの腕に、の手が触れた。
それは思いのほか冷たく、ロタローは思わずはっとの顔を見た。

「ロタローくんは何故こんなところにいるの?」

「え?」

「ロタローくんはここの子じゃないでしょ?帰りたいと思わないの?家族に会いたいと」

「・・・よくわからない」

「わからない?」

「会いたい気もするし、会いたくない気もする。でも今ね」

「・・・何?」

「が、お母さんみたいだなあって思った。なんだか懐かしい感じがして・・・」

は何も言わず、その大きな瞳で見つめてくる。
ロタローは益々照れて、うつむいた。

「こ、こんなお母さんだったら、会いたいと思うんだろうな・・・なーんて・・・」

「・・・仕方ない」

「え?」

は立ち上がり、ロタローの腕をぐいっと引いて立たせた。
ロタローの頭から花の王冠がすべり落ちる。

「あっ、王冠が・・・」

「帰ったらきっと、また作りますから」

「帰ったら・・・って何?、手がすごく冷たいよ」

「許してください。コタ・・・」

「ロタローッ!!!」

のその声を遮るように、花畑にリキッドが走りこんできた。
一瞬前にが立っていた場所にプラズマが放たれる。
ロタローの目の前の花がじゅうっと焼け焦げた。

「ち、リキッドか・・・」

「な、何するのさ家政夫!危ないじゃないか!」

「バカ!俺が来なきゃもっと危なかったんだ!腕を見ろ!」

「え?」

冷たいどころではない。
ロタローの腕、が触れていた部分には、薄く氷が張っていたのだ。

「うわっ!何これぇっ!」

リキッドは木立を背に立ったをにらみすえた。
は特に表情を変えてはいなかった。

「あいつ、お前を氷づけにして連れて行こうとしたんだ。なんてやつだよ・・・!」

「連れて行くってどこに?」

「う、それは・・・」

墓穴を掘り、汗をだらだらと流しながらリキッドは誤魔化そうと言葉を探す。
と、茂みからチャッピーに乗ったパプワが飛び出してきた。
これ幸いとリキッドは声を上げる。

「わ、わあ!パプワだあ!」

「・・・なんかわざとらしい気がしないでもないけどまあいいか。パプワくん!」

「うむ!」

その手にしっかり菓子袋を握ったパプワに2人は駆け寄った。

「く、なんてすばしこいちみっこや」

パプワに続き、茂みをかきわけ出てきたアラシヤマにが言う。

「隊長、すみません。もう少しだったんですが、リキッドの邪魔が入りました」

「想定外どすな」

「、そいつの仲間だったの!」

驚いて叫んだロタローに、は素直に頷いた。

「はい」

「なんで?ぼくを騙したの?」

「すみません。任務ですので」

「任務・・・?」

それ以上の会話をさえぎるように、リキッドがロタローの前に割って入った。
ロタローを押しやり、パプワに低い声で指示を出す。

「パプワ、夕飯はもう作ってある。先にロタローと食っててくれよ」

「・・・皿洗いまでには帰れよ」

「ああ」

「パプワくん・・・」

「行くぞロタロー」

歩き出したパプワの前にが進み出た。

「行かせられません」

「おいお前」

呼ばれはパプワに視線を合わせた。
大人と子供の身長差である。ほとんどがパプワを見下ろす形だ。
しかしパプワの態度はそれを感じさせなかった。

「お前、何をがまんしてるんだ?」

「・・・何?別に私は我慢なんて」

「だって、さっきアラシヤマを見て泣きそうだったじゃないか」

瞬間、はアラシヤマに目を走らせた。
幸いに今の言葉は聞こえていなかったようだ。
いや、パプワが意図的に声を低くしたのか。
にだけ、それが聞こえるように。

「・・・何を、わかったようなことを」

平静を装って答えたが、にはわかっていた。
この少年は嘘を言っていない。
泣きそうだったなどと、決してそんなはずはないつもりだし、認める気はなかった。
しかし、この眼は嘘を言っていない。
ああ、なんてまっすぐな眼。それはかつてのアラシヤマに重なった。

すると今度は先ほどよりも大きくパプワが言った。

「がまんは体に毒だ。この島ではがまんなんてしなくていいんだぞ」

「っ・・・!だから、何をっ・・・」

パプワの足元の花が凍った。
はパプワに手を伸ばした。
凍らせてやろうと思った。そんなふざけたことを言って。

(見るな、私の弱さを・・・その眼に映すなッ!)

「やめときなはれ」

動いたのはアラシヤマだった。
の手をすっと抑える。
その間パプワはぴくりとも動こうとしなかった。ただ黙って2人を見ている。
アラシヤマはパプワを一瞬見、次いで言った。

「まずはリキッドどす」

「・・・」

がどくと、パプワは何事もなかったかのようにまた歩き出した。
ロタローもそれに続く。
花畑を出てから、ロタローはを振り返ったが、俯いたその表情はうかがい知ることは出来なかった。



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