グンマ作、ジェットスワンは確かにそこにあり、浸水しているということ以外たいした損害は見受けられなかった。
潜水艇が浸水したという時点でたいした損害ではあるのだが。

「ああ、でもこっちはだめかあ」

持ってきた機器のほとんどが海水に浸かり、使い物にならなくなっていた。
唯一潜水用防水完備の通信機器は無事なようだった。
気づかれにくいようにと早朝だったので、手当たりしだい役に立ちそうなものを持って急いで出てきたのだ。
しかし失礼な話だがグンマ作の潜水艇に乗るということで用心し、通信機器だけは防水タイプのものを持ち出していた。
は通信機の電源に手をのばしたが、考え直してぎゅっとしぼった鞄につっこんだ。
まずはアラシヤマと合流しなくてはならない。
今のままでは状況がさっぱりわからないし、ここで連絡をとっても報告できることは変なナマモノと会話したということぐらいだ。
マジックが求めているのはコタローの情報である。命令無視をしてまで出てきたからにはそれなりのものを献上しなくてはならない。

「グンマ様にも迷惑かけちゃったし」

ため息をつき、は使えそうなものをすべて鞄につめた。
ジェットスワンは、そのまま岩場の影に隠しておく。
そして立ち上がり先ずは密林に入った。人の通った道など、生活の気配があればすぐわかるからだ。
本当ならば島のナマモノがしゃべれることを幸いと聞いて回りたいところだが、今アラシヤマはコタローを連れ戻すという任務中なのだ。
うかつなことはしないほうがいいだろう。

「それよりさっきの2匹殺しとけばよかったか」

あれらは人ではない。殺しても誓いを破ったことにはならないだろう。
あれらに助けられた恩義は感じている。感じてはいるが。

(ああ、だめだ)

本当に、近いうちに思い切り力を使いたい。蓄積され、爆発してしまう前に。
感情を押し殺し、我慢し続けた4年間。
あのときの二の舞は二度と。

しかし、果たしてこの広い島で、自分ひとりでアラシヤマを見つけることができるだろうか。
不安を覚えたの鼻腔を、甘い匂いがくすぐった。

「これは・・・」

は鼻を頼りに、その匂いをたどった。










リキッドはおやつ後の皿を洗いながら、イトウとタンノの話を聞いていた。
が、曖昧に首を振る。

「アラシヤマに部下ぁ?4年前はそんなのいなかったはずだぜ。昇進したのかあいつ」

先ほどパプワの蹴った巨大オタマジャクシのタマちゃんに海に吹っ飛ばされたアラシヤマを思い浮べた。
到底出世したようには見えなかったが。

「でも本人そう言ってたわよ?っていう女の子なんだけど・・・」

リキッドの手から洗っていた皿が一枚滑り落ち割れた。
家政夫の鏡とも言えるリキッドが普段さらを割るなどとは考えられないことだ。
それだけ驚きが大きかったのである。ロタローたちが食後すぐに遊びに行っていたのは幸運だった。

「お、おおおお女ぁ!?」

「やだリキッドさん、声が上ずってるぅ」

イトウの冷やかしは無視し、リキッドは眉根を寄せた。

「そういや聞いたことあるぜ。マジックの趣味で世界各国のちょっと変わった美青年が集まっているはずのガンマ団内に、何故かひとりだけ女がいるらしいって。俺は特戦部隊で本部にはあまり寄り付かなかったから、詳しくは知らねぇけど」

「それって自分が美青年だって言ってるの?」

タンノが冷ややかな目でリキッドを見つめる。
リキッドはお前に言われたくないとばかり睨み返した。

「俺はハーレム隊長に特戦部隊に直接入れられたんだよ!あの親バカ親父にスカウトされたわけじゃない!え・・・つかそのってコ、かわいかった?」

行き成りふにゃっとした表情になったリキッド。
本当に聞きたかったのはそのことのだったようである。

「まぁあたしの脚線美には劣ると思うけど、それなりにはかわいかったんじゃないかしら?」

「そうねぇ、あたしのぷるぷるお肌には劣ると思うけどぉ」

「ああああーっ!くそっ!会ってみてぇっ!」

何せこの島ときたら、まともな女どころかまともなナマモノもいないのである。
リキッドが自分の中でかなり脚色した女性像を妄想し、うずうずと体を震わせてもそれは仕方の無いことだった。





立て札にしっかりと<PAPUWA HOUSE>と書かれたその建物は、先ほどタンノとイトウが言ってたもののようだ。なんともわかりやすい。
体制を低くし茂みに身を隠しながら伺っていると、じゃあねという声と共に例のオカマ2匹が家から出てきた。
2匹が行ってしまうのを待ち、が家の中の様子を伺おうと茂みから身を乗り出そうとしたとき、鼻歌と共にひとりの男が洗濯物を抱えて出てきた。
どうやら洗濯物を干しに出てきたらしい。

(あれは・・・リキッド!)

特戦部隊のリキッドだ。
直接話したことはなかったが、近くGを訪ねたとき、顔だけは目にしたことがある。
4年前ガンマ団から忽然と姿を消し、一時期様々なうわさが飛び交っていたが、彼が最後に任務に赴いたのはここパプワ島だった。

「ふんふんふ〜ん・・・洗濯洗濯楽しいな〜・・・るるるるるったった〜」

鼻歌を歌い、腰で調子を取りながらテキパキと洗濯物を干していくリキッド。
その手馴れた様子からして、もうとっくに家事が身についているのだろう。元特戦部隊のリキッドのなれの果てだ。
その行動と肩書きは、あまりにもかみ合わない。

少しの間様子を見ていたが、家の中にはほかに誰もいないようだ。
しかし洗濯物の中にコタローの服と思われるものをみつけ、は身じろぎした。
足元で木の葉がかさりと鳴る。
たいした音ではなかったのに、リキッドはその音を聞きつけ、こちらを振り向いた。

「誰だ!」

(しまった・・・!)

できる限り身を潜めるが、見逃してはくれないようだ。

「そこにいるのはわかってんだぞ!またガンマ団の刺客か?」

(ガンマ団の刺客?ということは、やはりコタロー様はここに!なら隊長も・・・どうする)

はリキッドを知っているが、リキッドはを知らないはずだ。
はひとつ賭けをした。
ざっと茂みから立ち上がり、リキッドの前へ出て行く。

「ふん、潔く出てきたか・・・って、わっ!お、女!」

驚くリキッドに、はなるべくか弱そうな声音を作り言った。

「あのぅ・・・」

「は、はい」

「私乗っとった船が難破してしもたんどす。ここはどこなんでっしゃろ?」

「あんたガンマ団のさん?」

あっさりと玉砕し、はリアクションをとるのを必死に我慢した。
オカマどもが身体的特徴でも伝えてしまったか。

(しくった!あのナマモノどもぉっ!)

怒りを抑え、とぼけてやりすごそうとする。

「・・・ち、違いますわ。何故そない思うんどすか?」

「いや、京都弁だし。アラシヤマの部下なんだろ?」

図星である。

「ううっ!お、思わず緊張して京ことばを!・・・ばれたなら仕方ない。お察しの通り、私がガンマ団紫部隊班長だっ!」

「意外にあっさり認めたな」

「うるさいな、刺客はまず名乗るってのは昔っからのお約束なんだ!」

「王道に忠実なやつだな!・・・く、もっとおとなしい可愛い子想像してたのにぃ・・・ま、ガンマ団だしなぁ」

「なんだ」

「いやっ!・・・まぁそうじゃなくても、あんたの体つきを見た瞬間、普通の女じゃないとはわかったけどな」

「か、体つき・・・!変態!」

「違うわっ!筋肉のつき方とかそういうことっ!」

「うわぁ、変態が何ぞ言うとるぅ!」

「ああっ!もうわかったよ変態ね!で、その変態に何の用だよ!」

がっと鈍い音がした。
隙をついたと思われたの突きは、リキッドの片腕によって防がれている。

「く!」

「ふん、女にしてはなかなかいいパンチだが、元特戦部隊をなめてもらっちゃ困るぜ!」

は手を引っ込めようとしたが、その手はリキッドに掴まれもどすことができなかった。
気が急いて仕損じた。せめて蹴りを繰り出すべきだったか。

「でも不意打ちのタイミングはよかったんじゃねぇ?」

余裕をこめて言われ、は対抗するように鋭く言った。

「コタロー様はどこだ!」

「知らねぇなぁ」

「洗濯物、あれはコタロー様のだろうが」

「・・・ちっ、よく見てるな」

「コタロー様を返せ。そうすれば私も隊長も胸張って堂々と帰れるんだ」

「そういうわけにもいかな・・・っ!なんだ!?」

リキッドはぶるりと体を震わせた。
の殺気のせいではない。
何かが肌を撫ぜたような、ひやりとした感覚。

「・・・離した方がいいぞ。早くしないととその腕、腐って落ちるか粉々になるかどっちかだ」

「う・・・」

凍りつくようなその感覚に、リキッドは耐え切れずの手を離した。
がざっと距離をとる。

「お前・・・」

「・・・ただの特異体質だよ」

言ってざっと茂みに飛び込んだを、リキッドはあえて追おうとはしなかった。

「どこに行くんだ?」

「・・・隊長を探しに行く。貴様に聞いても、どうせ知らんのだろう」

「アラシヤマね・・・大変だな、変な上司持っちまって」

「隊長のことを悪く言うな!!!」

自分にもその経験があると同情したつもりだったリキッドは、の思わぬ激昂に言葉をつまらせた。
はかっと見開いた目をすっと細めた。

「貴様のとこの隊長・・・ハーレム様のことは知っているが、一緒になぞするな」

「ん、あれ、前に会った事あるよな?あ!もしかしてGのとこの!そうだろ!」

「さぁな」

「・・・なぁひとついいか?その軍人口調やめようぜ。どっちにしろこの島じゃそんないつまでも気ぃ張ってらんないと思うし」

「貴様には関係ない」

それ以上は聞かずに、は地を蹴った。

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