それから数時間後。 「ここは、どこだ?」 は道に迷っていた。 なるべく関わるまいと様々なナマモノたちから逃げ惑い、気づいたらこの様だ。 「まったくこの島ときたら、オカマの魚やらカタツムリはいるわオカマの恐竜はいるわ・・・あれオカマばっかり?ほんとギャクの巣窟だな」 ぶつぶつとひとりごとを言いながら茂みをかきわけ進むの背後、黒い影が立ち上がった。 完全に背後をとられ、は固まる。 今攻撃されたならおそらくひとたまりもない。 何が背後にいるかなどわからないが、ろくなものではないだろう。 (そんな気配が、する!) しかし相手は特に何もしてこようとはしない。 嫌な沈黙が続き、は耐え切れなくなって振り向き様に回し蹴りをくりだした。 しかし意表を突いたかと思われたその蹴りは、いとも簡単にかわされてしまった。 「いきなり何をするんだ君はぁ。危ないにゃ〜」 「き、きのこ!」 目の前にいたのはなんとも微妙な色をしたきのこであり、は軽い目眩を覚えた。 まったくこの島の生態系は狂っている! 「コモロくんという。きのこはきのこでもまつたけなにょだよ。ほぅら、いい香りの胞子だよぉ〜」 言ってコモロは頭をゆさゆさと振りに接近してきた。 明らかにまつたけではない上、吸ってはやばそうな色合いの胞子である。 「ぐ、きさま・・・」 応戦しようとするだが、コモロの動きを見ているとどうも気が萎えってしまう。 いや、すでに胞子を吸ってしまったゆえなのかもしれない。 「げほっ!こ、こっちに来るな貧相顔!」 「失礼にゃー。君を夢の世界へトリップさせてあげる天使だというにょに。君はかわいいから今日は特別多めに出ております」 「く、くるなっ!」 悪ノリするコモロに追い詰められる。 「助けてください隊長・・・」 思わず口をついて出てしまった気弱な言葉がアラシヤマに届くはずもない。 「ふっふっふ、覚悟するにょだ〜」 完全に悪者気分を満喫している様子のコモロ。 の背が木にぶつかり、それ以上さがれなくなった。 ついに耐え切れなくなり、は最終手段を使った。 手を口にあて、ありったけ叫ぶ。 「隊長!お友達ですよおおおお!」 「おおおおおお友達どすってー!?」 もう少しで胞子がかかるというそのとき、コモロはが叫ぶと同時に閃光のように現れたアラシヤマに吹っ飛ばされ、真昼の星となった。 「どこどす!?お友達はどこどすかああっ!?」 それにも気づかず、アラシヤマはその場でそわそわと周囲を見回している。 最初からこうすればよかったのだ。こんな簡単なことは無い。 「隊長!」 「わっ!何どす!?どなたはんどすか!?」 「です。隊長の現状確認とコタロー様についての情報取得にきました」 「・・・ほんまにどすか?」 「そ、そうです」 何故疑うのだろう。 まさか自分の顔を忘れてしまったのか。 が恐ろしくなったとき、アラシヤマが低く笑い出した。 「た、隊長?」 「ふふふふ、いややわー。またコモロくんの仕業でっしゃろ。こないな幻覚見せたってわては騙されまへんえ」 「幻覚ではありません!」 「わてのことを誰かが迎えに来てくれるはずおまへん!コモロくん、はよう出てきなはれ!」 「さっきの変なきのこなら隊長がふっとばしましたが」 「きっとこれは夢どす!期待なんかしたらあきまへん・・・」 なんというネガティブ思考。 目の前にいるの存在をも否定しているところを見ると、すでに何度もコモロによって幻覚を見せられているようである。 は、アラシヤマの手を掴んだ。 そしてそのまま目をとじる。 「・・・隊長、これでも信じませんか」 「うっ!」 反応を確認し、はすぐに手を離した。 アラシヤマは自分の手を見、その視線をはっとに移した。 「ほんまになんどすな」 「そうです。正気なられましたか?」 「正気を失っとったわけやありまへん。ちょっと現実逃避しとっただけどすっ」 「それもどうかと」 「ところでがここにおるちゅうことは、ほかのみなはんも来てはるんどすか?」 ほかのみなはん。つまり紫部隊。 来てないどころか全員移籍しただなんてことは、アラシヤマには酷だろう。 しかしお互いに現状を把握するためには正確な情報を伝え合わなければならない。 はアラシヤマが消息を絶ってからの経緯を説明した。 話が進むにつれ、アラシヤマの顔が曇る。 「・・・てことは、今わての隊はあんさんだけどすか」 「そうです」 「わてを裏切るなんてぇ・・・あいつら減給してやるんや・・・」 涙ぐんでいるアラシヤマを、はただ見ている。 冷たくなどはない。冷たくなど。 もう幾度も心で唱えた言葉を唱え、ただ見ている。 (部下であれ。常に部下であれ) 一通り移籍した部下たちへのうらみつらみを吐き出し、アラシヤマは鼻を啜った。 「ぐす・・・。それにしても、よう来てくれはりましたなぁ。怖かったでっしゃろ?」 「・・・隊長、私はもう大人です。いつまでも子供扱いしないでください」 「そんなこと言うたかて、あんさんのことは士官学校で子供のときから知っとるんどすから」 言ってそのころのように頭に置かれたアラシヤマの手に戸惑い、は話を無理やり本題にもどした。 「そ、それで隊長。コタロー様のことですが」 コタローの名前が出ると、アラシヤマもへぇと真顔になり、手をもどした。 離れていった手を惜しいなどとは思ってはいけない。 (部下であれ。常に部下で) は手のひらに爪を食い込ませた。 「コタロー様の周りを、パプワちゅうガキとリキッドが固めててどうにも近づけんのどす。そやけどもあんさんが来たなら話は別どすな」 念じていた言葉に意表をつかれ、の反応は一瞬遅れた。 「は、私ですか?」 「まだやつらに面のわれてないなら・・・」 「あ!いえその、隊長・・・それなんですが」 「何どす?」 「わ、私すでにリキッドに接触してしまって、素性はすでに・・・」 「はぁ!?まさか、名乗ったんどすか!」 「いえ、あの、その・・・」 はもぞもぞと体をよじった。 先ほどとは打って変わって歯切れの悪い、アラシヤマはその行動の意味がわからず先を促す。 「潜入捜査が得意のあんさんがしくるとは。どういうことどす?」 「きょ、」 「きょ?」 「京ことばを、使ってしまって・・・」 「・・・そりゃなんでまた」 「私どうやら、移籍の一件で軽く男性恐怖症になってしまったようで・・・」 「それがどう関係あるんどす?」 「お、怒りませんか」 「・・・場合によりますな」 「・・・京ことばを使ってしゃべると、みなアラシヤマ隊長を思い出すようで男共が・・・よ、寄ってこなかったと言うか・・・」 「・・・」 こればかりはさすがに言うべきではなかったか。 恐る恐るアラシヤマを見ると、ぽかんとした表情をしている。 こんどこそ泣き出すか。いや、どうすればいいだろう。 取り繕おうとが口を開いた瞬間、大爆笑があたりに満ちた。 もちろんそれはが発したものではない。 アラシヤマが、腹を抱えて笑い転げていたのである。 「あっはははははははははっ」 「た、たい・・・?」 今度はがぽかんとする番だった。 笑っているアラシヤマを見つめる。どきりとする。 底抜けに明るく笑う、それだけでいついもと印象が180度違うのだ。 いつもそうであれば友達も増えるだろうに。そうが思い至るころになってもアラシヤマの笑いは止まらない。 「た・・・」 「あははは、はは、ぶっははははははは」 「・・・」 「がほっ、げほっ、ふ・・・ははははははあはははっ」 「笑いすぎです!」 「あはは、ははっ・・・は・・・ぐふ、ふふ」 「何がそんなにおかしいんです?私、何か変なこと言いましたか」 「くくくく、い、いや・・・。ええんどす、なんでもあらしまへん!むしろ嬉しいんどすわ!」 「う、嬉しい?あれだけ笑っておいて、なんでもないとはなんですか!」 「ほんまになんでもないんどす!ただ・・・」 「ただ?」 「ええ部下を持ったなぁと思っただけどす」 「え?」 部下。良い部下という評価。 それは嬉しいものである。献身的に上司に仕えた者にしてみれば最上級の誉め言葉だろう。 では部下としてではなく、個人の評価は? ふと思っただったが、アラシヤマはそれ以上言う気はないらしく、すぐに話題を移してしまった。 「はぁ・・・ところで、コタロー様には・・・どないどす?」 「・・・いえ、接触はリキッドのみです」 「ふ、ではまだやりようはありますなぁ」 作戦を思いついたのか、アラシヤマは不適に笑った。そんな顔にもどきりとしてしまう。 頭の中で、繰り返す。部下、部下、一線を越えるな、と。しかし。 ああ、追いかけてきてよかったと、心の奥深くで思う自分は制御できなかった。 >>dream menu