ああ、南国の香りだ。
先ほどよりも体が軽く感じる。
まだ体が波に乗って揺れているような感覚がある。

ゆらりゆらり。
ゆらりゆらり。

ぬらりぬらり。
ぬらりぬらり。

何かに触れられ、は急激に覚醒した。
額に掠めたぬらっとしたものを払いのけ、飛び退る。

「誰だ!」

「きゃあん!びっくりしたぁ!あら、あなたよく見たら女の子じゃない。なーんだぁ、男の子かと思ったわぁ」

「カ、カタツム・・・リ?」

「目が覚めたばかりで混乱してるのねっ。あたしタンノ、こっちはイトウちゃんよ。怪しいやつじゃないから安心してっ」

の目の前には、どうみても怪しい巨大カタツムリと、網タイツの赤い魚がいた。

『隊長はこいつらに連れ去られた・・・!』

「あ、網タイツ・・・っ」

気を失う直前の記憶がもどり、は感情にまかせてタンノを押し倒し押さえつけた。
何を思ったか、イトウが顔を赤らめる。

「あらやだこの子大胆・・・」

「ごめんなさい、あなた確かに美少年顔ではあるけど女だし、あたしそういう趣味は・・・」

「返せ」

「え?」

「返、せ」

ピキンと何かが鳴った。
見るとタンノの鰭の一部が崩れていた。
イトウがきゃっと叫んだ。

「タンノちゃん!鰭が!」

「きゃー!何これっ!な、なんだか寒気が・・・」

「ちょ、ちょっとあんたやめなさいよぉ!タンノちゃんは溺れたあんたを助けてくれたのよ!」

「たす・・・?」

「あっ・・・なんか新しいカ・イ・カ・ン・・・あら?」

が離れると、すぐにタンノの体の異常は収まった。
座り込んだと反対に、タンノが立ち上がる。

「あなた大丈夫?名前は?」

「・・・」

「ちゃん、アラシヤマさんと知り合いなの?」

「知ってるのか!?」

アラシヤマの名を聞いた途端、再びがばっと体を起こす。
2匹は用心のため、多少の距離をとってその問いに答えた。

「え、ええ。4年ぶりにこの島にきたみたいよ」

「4年ぶり・・・こ、この島の名は?」

「第二のパプワ島よ」

「第二の、パプワ島・・・」

は目を細め島を見渡した。
密林も邪魔をし、流石に全貌は定かではないが、それなりに広さはあるようだ。

「ちゃん?」

「ああ、ええと、助けてくれたそうでありがとう。命の恩人にさっきは悪かったよ・・・生物にあんな危ない力の使い方は普段しないんだけど・・・」

「いいのよ!なんだか新境地だったし!」

「は?」

「な、なんでもないわっ!それで、アラシヤマさんとはどういう?」

「上司と部下」

「えぇ〜?それだけぇ?」

意味ありげな目つきでイトウがにじりよる。
ぬめぬめとした感触に、は思わず身を引いた。

「そ、それだけっ!どこにいるかわかる?」

「今どこにいるかは残念ながらわからないけど。パプワハウスには、ロタローちゃんを狙って訪ねてきたみたいよ」

「ロタロー?」

語呂の悪い名前に首をかしげる。
は、コタローがロタローと呼ばれていることを知らない。

「あ!駄目よタンノちゃん!」

イトウがタンノをひっぱって耳打ちした。

「アラシヤマさんが上司ってことは、この子もロタローちゃんを狙ってきた刺客かもしれないわよぉ」

「そ、そうね・・・」

「そこに行けば、隊長は来るかな?」

の言葉に、2匹は固まり、なんとかアイコンタクトで会話をして口裏を合わせた。

「え〜、そうねぇ?でも当分来ないと思うわぁ!ねぇタンノちゃん?」

「そうねっ!多分森のどこかにいるとは思うけど、島では食料探しもしなきゃだから来ないと思うわっ」

「そうか・・・」

「そ、そう言えばあっちの岩場に小さな船みたいなものが流れ着いてたって聞いたわよ?」

「ああ、それはきっと私のだ!ありがとう、行ってみる」

「気をつけてねぇー・・・」

岩場に向かって歩き出したが振り向かないことを確認し、2匹はさっと密林の茂みに飛び込んだ。
パプワハウスに向かって、二本足の魚と巨大カタツムリのもてる限りの速度で走り出す。

「やだわっ、なんだか今までにない罪悪感が。なんでかしら?」

「女の子だからじゃなぁい?パプワ島にマトモな女の子ってこれまでいなかったしぃ」

「やだイトウちゃん、あたしたちがそれ言っちゃお終いよ!」

「とにかくリキッドさんに報告よ!」

「ついでにお昼もいただきましょ!」

どちらかと言えばお昼が目当てで、2匹の速力は倍になった。










早朝、ガンマ団は蜂の巣をつついいたような大騒ぎになっていた。
が脱走まがいのことをしたのはもちろんのこと、団内の最新機器があらかた持ち去られていたのである。
だがマジックは、には自分が特別任務を言い渡したと公表し、を直接追った者、すなわち伊達集だけを集めた。

「もともとコタロー脱走に関わることは極秘だからね。各々団員たちにはそう言ってもらうよ。には特に処罰は与えない」

「はい・・・」

「この件に関しての意見は一切受け付けない。渦からコタローのことを勘づかれたら大変だ」

ミヤギたちが頷く。
渦に飲まれたが心配だが、そういう言い方をされては何も言えない。
逆に下手にマジックの神経を逆撫ででもしたらへの処分がどう変わるかわからない。

「ところで」

そこでマジックは3人にソファに座るようにうながし、机の上で手を組み重ねた。

「諸君・・・アラシヤマからの調査報告が届いたよ・・・」

「ほいじゃあアラシヤマは無事にコタロー様のところへ・・・?」

「まあ・・・待ちたまえ。この件に関してはグンマ博士から説明してもらおう」

マジックはそうコージを制し、もったいぶって愛息子のひとりを呼んだ。

「おーい!グンちゃん」

「ハ〜イ!」

その声に答え、グンマが部屋に入ってくる。
ガシャンガシャンと騒々しいのはグンマが操縦する象型のかわいらしい乗り物だ。

「僕にまかせてよー!おとーさま!」

(((でたなバカ息子!!!)))

「ヤダなぁーそんな期待の眼差しで見つめちゃ!」

自分を見て身体をこわばらせた3人に、グンマは照れてにこりと笑った。
うっかりさんでも青の一族である。なんとも勘違い野郎だ。
勘違いそのままに、グンマはさっそくアラシヤマの件について説明を始めた。

「ハイ、これが今回僕が製作した潜水スーツ"スワン1号"です!」

(((やはしバカ炸裂!)))

アラシヤマの出発前に撮ったらしい潜水スーツの写真のフリップを出し、もっともらしく言う。
しかしそのデザインはなんとも幼稚でファンシーだ。尚且つ欠陥品なのは確実である。

「この瞳の部分に取り付けた小型カメラで撮影して、送られてきた映像がこれさ!」

グンマがフリップ片手にリモコンでテレビに電源を入れると、そこに映っていたのは一面の網タイツ畑だった。
無論言うまでもなくあの魚である。
音声の方はほとんど水音と不吉な声しか聞こえない。

『たす・・・助けておくれやすッ・・・死ぬッ・・・死んでまうッッ』

(((なんかすごく・・・嫌なノイズが入ってる・・・)))

3人の顔から血の気が引く。
確実に潜水スーツが浸水して死にかけているアラシヤマの声である。
映像を見ると、どんどん海底に沈んで行っているようだ。
これをリアルタイムで見ていたのなら、の行動も理解できるかも知れない。

『ひぃいいいい』

と、アラシヤマの悲鳴とともに海底が光り、一瞬真上から見るような構図で島が見え、映像は突然に途絶えた。

「・・・ここで映像がとぎれちゃったんだよ」

「な・・・なんだべ。海の底に島が・・・」

マジックは報告書が届いたと言ったが、これは単にアラシヤマとの通信が途絶える直前の映像が潜水スーツの機能によって送られてきたものだ。
アラシヤマの安否も不明で、となればそれを追ったへの不安が更に増す。
部屋がしんとなり、トットリが遠慮しながらもその静寂を破った。

「ひょっとしてあれは・・・」

「そう、おそらく第2のパプワ島だ。そして私の息子コタローは・・・間違いなくそこにいる!」

トットリが飲み込んだ言葉を、マジックが引き取った。

「ほいじゃあアラシヤマもあの島に辿り着いちょると・・・」

「多分な。だがアラシヤマからの連絡が途絶えてすでに丸一日が経っている。もしこのままなんの連絡もないようだったら・・・次の捜索"隊"を出すしかないだろう!」

「そ・・・捜索"隊"って・・・」

コージが不安を抱きながらマジックの言葉を繰り返す。
視線は自然とグンマ、突き詰めて言えばその手にあるスワンのフリップへ移った。
それをまた別の意味に捉えたのか、グンマは胸を張った。

「うん!安心してね!もうすでにスワン2号・3号・4号は完成してるよ!」

何が『うん!』なのか。安心どころか不安は最高潮だ。
3人は笑顔で鼻から流血した。

(((早く帰って来てぇえ〜アラシヤマ!!!)))

背に腹は変えられないと、普段思いもしないことを、3人は必死で願った。
しかし先ほどの映像からしてその可能性は薄いと言わざるを得ない。
もし生きていたとしても潜水スーツが壊れていては、どうして帰還できようか。

「が・・・アラシヤマのやつを連れ戻してくれんかのぉ・・・」

「そ、そうだべ!ならっ!」

コージがつぶやき、ミヤギが希望を見出したように声を上げる。
それに顔つきを険しくしたマジックに、グンマは焦って言った。

「おとうさま、を怒らないであげて!」

「・・・」

「はアラシヤマがいないとだめだから・・・それに、コタローちゃんのこともちゃんと探すって言ってたよ!」

「グンちゃん、私だってコタローのことが心配だからね。の気持ちはわかるよ」

「あ・・・」

「えー!てっきりマジック様はシンタローに怒られんのが嫌なだけかと思ってたっちゃ!」

あっけらかんと言い放ったトットリを、ミヤギとコージがどつく。この雰囲気で口にすることではない。

「まぁ行ってしまったものは仕方ない。は通信機器も持っていったんだったね?」

「うん。それに僕のジェットスワンに乗っていったから、身の安全は保障されてると思うんだけど」

しかし青の一族も凄かった。
自分に都合の悪いことは耳に入らないらしい。
というか残念ながら思いっきり浸水しては大ピンチだったのだが、グンマは自らの腕を信じて疑っていないようだ。

「ならば少しの間はからの連絡を待とう。あの2人が合流すれば実力に申し分はない。大抵のことは解決できるだろう」

マジックはそこでシンタロー人形を腕に椅子を半回転させた。

「しかし映像からして、あの島での通信は困難な可能性が高い。それに時間は限られている・・・グンちゃん・・・」

「なぁに?おとーさま」

「しっかり準備しておいてね」

「うんっ!」

それを聞いてガンマ団きっての伊達集(ひとり不在)は全速力で逃げ出した。



>>next