座標の位置はしっかりと頭に入っていた。
はその場所目指し、水上ジェットスキーのアクセルを強く握りこんだ。

ガンマ団の各隊の特徴として、その隊の隊長と同じタイプ、もしくは共に戦闘をやりやすい人材が割り振られるようになっている。

例えばミヤギを頭上に抱く黄部隊(ou-butai)。
見た目の良いミヤギに心酔している馬鹿な隊員も少なからずいるが、この部隊は作戦の際、陽動に回される。
潜在能力が未知数な新団員はこの隊に配属され、その行動や功績によってまた配属が変えられる。そのため隊員数は一定ではない。

コージの隊、灰部隊(hai-butai)には命知らずな者が多く集まる。
灰部隊は主に敵陣に切り込む役目を担っており、そのため突撃兵に向いた性格の者が配属される。
その特色のため戦死者が最も多く、黄部隊とは違う意味で隊員は激しく入れ替わる。

トットリ率いる赤部隊(seki-butai)は、暗殺、情報収集が常な部隊である。
各隊で一番隊長の影響が隊員に強く出ているのはここだ。隊員には忍出身の者や、身軽な者が多い。

そしてアラシヤマが隊長を務める紫部隊(shi-butai)の特徴はすなわち、頭が切れる、頭脳戦に長けているなど。目立ちはしないが重宝される。
は仮にもその隊の班長なのだ。順位で言えば隊長の次に偉いことになる。
その位置づけは決して頭脳のみを念頭に置いた場合のことではないが、一度見た座標を記憶にとどめるくらいはできる。覚えておこうとしていたならばなおさらだ。

つまりは、たとえマジックに何を言われようが、捜索隊を出さない気など毛頭なかった。
アラシヤマを信用していない云々の問題ではない。ただ自分が、このままではいられない。

(無理言って借りてすみませんグンマ様。でも・・・)

「これ、本当に沈まないのかな・・・」

はたらりと冷や汗が額を伝うのを感じた。
グンマに頼み、貸してもらったジェットスキー兼潜水艇。
本人の言葉を借りれば、"ボタンひとつで変形するロボットのようなかっこいいアヒルくん"らしい。
これを借りるのは正直気が引けたのだが、正常な、つまりキンタロー作の潜水艇は借りるわけにはいかない。
グンマのそれとは違い、キンタローの発明品は本人の許可なしには持ち出せないよう厳重に保管してある。
現在遠征中のシンタローにはキンタローも影のごとく同行している。キンタローに知られるということは、シンタローに知られるということだ。
それでコタロー逃亡の事実がシンタローにばれでもしたら、例えといえどマジックから怒りを買うのは必至。

『ちなみにハンドルはかわいい白鳥だよ!』

「わっ!」

いきなりジェットスキーからモニターが飛び出し画面にグンマが映し出され、は危うくバランスを崩しそうになった。

「グ、グンマ様!いきなり危ないですよっ!」

『ごめーん!あのね、言い忘れてたんだけどね、そのジェットスワンは・・・』

空気が振るえ、はさっと後ろを振り向いた。

『昨日発信機つけたばっかりだったの。気をつけてね!』

「気をつけてねって!すでにヘリに追いつかれそうなんですけどおおおおっ!」

ガンマ団のシンボルマークを前面に掲げたヘリコプターが、のすぐ後ろまでせまっていた。
発信機。そんな基本的なことの確認を忘れていたなんて。
ヘリの方が移動速度は早い。その差は見る間に縮まった。

「ー!」

「あっ!?ミヤギ!」

ヘリから身を乗り出し叫んだのはミヤギだ。
トットリとコージの姿も見える。

「あいつら・・・。なんとか・・・いや、まずいか」

皆一癖二癖あるやつらとは言え、腕は立つ伊達集である。
同期だけあってその実力のほどは身にしみて知っている。
連れ戻しにきたにしろ何にしろ、分が悪いのは確実にこちらだ。

『あれー?ミヤギたちがいったんだ!よかったね!長い付き合いだから緊張しなくてすむでしょ?』

「くぅっ!お気遣いどうもっ」

天然なのか計算なのか、見当違いなことを言うグンマに控え目ながらも噛み付く。
仮にも無理矢理借り物をした身だ。そう強くは言えない。
さっきは鋭いと思ったが、実は鈍いのか、どっちだ。
ヘリがジェットスワンに横付けし、ミヤギがヘリの騒音に負けないように叫んだ。

「!」

「何!行かせまいとしたってそうは・・・」

「どこに行くんだべ!?」

今度こそバランスを崩しそうになったに、3人の方が慌てた。

「だ、大丈夫だべか!」

「ミヤギくんが変なこと言うからだっちゃ!」

「じゃあトットリは知っちょるのか!」

「えーと・・・」

「あれじゃ、盗んだバイクで走り出したくなったんじゃろ?」

「違うッ!隊長を探しに行くんだよ!」

「・・・」

「・・・」

「「「ああ!!」」」

「思いつきもしなかったのかっ!!!」

まったく意表をつかれたというようにそろって手を叩く3人に、は鋭くつっこんだ。第一これはバイクではない。
気を取り直し、ミヤギが再び叫ぶ。

「連絡が途絶えたってのは聞いた!でもあいつなら大丈夫だべ!ほっとけ!」

「ほっとけったって」

は轟いてきた轟音に前方を見据えた。

「どっちにしろ、もう遅い」

の目の前には、巨大な渦が迫っていた。
さすがにこれだけの大きさの渦を前にすると頭は引き返すことを勧める。
しかしこの渦に飛び込まねば、アラシヤマの元へは行けないのだ。
がジェットスワンの変形ボタンを押すと、後方からぐっと耐水圧強化ガラスが頭上を覆っていく。

「頼みますよグンマ様ッ」

『まかせてよ!このジェットスワンはね・・・』

グンマの解説はそこまでだった。
飛び出していたモニターが閉じてきたガラスに引っかかり、ぽっきりと折れてしまったのだ。
は青ざめ、バチバチと音を立てているケーブルごとそれを引っこ抜き投げ捨てた。

「設計ミスだな・・・」

のジェットスワンへの不信感は増大したが、すでに渦は目の前だ。もうどうにもならない。
艇内が密閉されると同時に渦に入ったのだろう、ぐんと潜水艇がひっぱられる感覚がした。
ガラス越しの夜明けの空は、海面の上昇と共に見えなくなっていった。
海の中の一瞬の静寂。だがすぐに潜水艇が渦に弄ばれ始める。
には耐えるしか術はない。スワンの方も耐えてくれるとこんなに嬉しいことはないのだが。

「ん?」

ふと違和感を感じ、足元を見たは青ざめた。

「し、浸水ぃっ!」

少しずつではあるが、海水が艇内を侵してきている。
浮上はもはや不可能だ。
まずい、と思ったそのとき、潜水艇ごしに何かが横切った。

(魚・・・あ、網タイツ!)

アラシヤマの通信が途絶る直前、映像に映っていた魚だ。それも大群だった。

(やつらに隊長は連れ去られた・・・!)

潜水艇が激しく揺れる。
密閉された空間の中、段々と水位が上がっていく、それはかなりの恐怖だった。

「う、ううっ!」

潜水艇が不規則に回転し、揺れ動き、海水を頭から被った。
もうどちらが上かわからない。
網タイツの魚は、徐々にその数を増やしているようだ。

「う、ぅあっ!こ、この網タイツ・・・」

通信の途切れる直前のアラシヤマを思い出した。死にそうな、溺れているような声。
自分がもう少し早く帰還していれば、声をかけてあげられたのに。
いやあの人のことだ、死んではいまい。そのはずがない。
それは確信ではあったが、それでも不安は大きかった。

行かずにはいられない。
怒りを魚にぶつけてそれにすがる。恐怖を押しやるために。

「返せ・・・おまえらっ!おまえらが・・・このッ・・・返せえぇッッッ」

光と共に見えたものがあった。
おかしい。ここは海の中ではないのか。

(あれは・・・島だ)

の意識はここで途切れた。



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