グンマは危うく粉々になるところだった自分の発明品をさっと掴みあげ、研究室で暴れるの力に待ったをかけた。

「やめてよっ!これ昨日やっと完成したばっかりなんだからねっ」

はっとが我に返ると、その力はの中にもどっていった。
周囲にはグンマの遊び道具であろうスライムやら高松が贈りつけてきたのであろうバイオフラワーなどが、棚から床に落ちて"粉々に"なっている。
グンマもの生来の特異体質を承知はしているのだが、大事な発明品だけは壊されたらたまらない。
グンマは用心して完成ほやほやのデラックスうさちゃん卵割り機をから遠ざけた。

Gの元に弟子入りする直前。ある理由から一定期間ガンマ団附属病院に入院していた。
その当時担当医だった高松に、共に学問の教えを受けていたグンマとは、昔なじみと言って良いだろう。
グンマのその温厚で率直な性格もあって、は気落ちしたりするとよくグンマの研究室を訪ねていた。
だがが本当に訪ねたいのはここではないのだろうと、グンマはよくわかっていた。

「す、すんまへんグンマ様・・・きょうび苛々しっぱなしやったさかい・・・」

「まぁバイオフラワーはいいとして」

さらっと毒を吐くグンマ。
4年前と比べても発明の腕はまずまずといったところだが、内面的にはいろんな意味で随分と成長したようだ。

「ところで、なんでそんなしゃべり方してるの?」

「あ・・・すみません。またうっかり・・・」

「あ、出身は京都なんだっけ。でもいつもは標準語だよね?どうしたの今日は。ホームシック?」

言うとは小さく首を振り、ローテンションでもそもそと言った。

「実は、うちの隊のやつらが、他隊に移籍を申し出やがりまして」

「何人か抜けちゃったの?」

「それが・・・私以外全員」

「全員!」

前々から考えていたが、アラシヤマ本人がいては怖くて言い出せなかったので、今がチャンス!ということらしい。
しかしいくらなんでも全員とは何ごとか。
が隊員を問いただしてみると、その許可を出したのはマジックだという。
がそれを知り異議を申し立てると、マジックは涼しい顔で言った。

「だって隊長不在じゃあ隊が成り立たないじゃない」

「マジック様、私のこと騙しましたね!隊長のことを信用してるとか言っておきながら!」

「え?信用?してるしてる」

到底信用している人間の発言ではない。
かくしてひとり残ったは、その実力か、もしくはほかのものを狙ってか、他隊からの強引な勧誘の嵐にさいなまれることとなったのだが。

「ほら、ガンマ団って女が少ないでしょう」

「ていうか、団員食堂のおばちゃん意外はだけだよね。元々ガンマ団は女子禁制だもん。は特例だけど」

「だから、だと思うんですけど、やつら下心丸見えで」

自分はそれを避けたいがために、普段から女らしさを捨てて任務に臨んででいるというのに。
やはりそれは乗り越えられぬ壁だというのか。
とにかく一日中ひっきりなしにくるものだから、ほとほと嫌気がさしたのだ。
ついには強制的に移籍をせまってきた相手に対し、は全身全霊の力を込めて言った。

『あんさんら、たいがいにしなはれや!』

「ははぁ、素がでちゃったんだね」

「そうしたらやつらこう、顔をしかめて」

「なんで?」

「・・・"アラシヤマを思いだす"・・・ということらしいです」

それが魔よけの役割を果たしたと言えば、普段それを使っているアラシヤマがそうとう避けられているというのは伺えるが、役立ったのは間違いない。

(京ことばなど、もう一生使うことはないと思っていたのに。時が解決した、なんて。楽観視したくないけれど)

ちなみに団員食堂のおばちゃんには標準語で話せた。
Aランチはのお気に入りだ。

「それから条件反射で」

「うーん、一種の男性恐怖症?でも僕には標準語だよね」

「そりゃあ、グンマ様とは長い付き合いだし大丈夫ですけど、あまり話したことがない人にだとどうも」

「でもが凄めば相手だってびびっちゃうよね。皆の体質、わかってるんでしょ?」

くすくすと笑うグンマには何も言えない。
それはそうだろう。の特異体質のことは団員は皆知っている。
それがアラシヤマと同じように、感情の起伏により発動するということも。
しかしその力の真髄を見たことがあるのは新参者の中にはいないだろう。

シンタローが総帥になってから、ガンマ団員たちは皆、必要のない人殺しはしないことを誓わされた。
それから4年、が本気で力を使わなくなって久しい。
そのせいか、最近以前ほど体質をうまくコントロールできていないことに、は気づいていた。

「でも、なんでいつもは京都弁使わないの?方言使ってる人、団内にたくさんいるのに」

「これはですね、相手びびらせるのには向かないんですよっ」

ただでさえ女だと嘗められがちなのだ。戦いの場ではそれが余計な敵を招くことも多い。
最初に合間見える敵はびびらせたもの勝ちだというのは、の持論である。
しかし本当の理由はほかにある。
それはグンマには言わなくとも良いことだと、はその理由を口にしたことはなかった。

「じゃあアラシヤマはいいの?」

「隊長は別です」

当然だというように即答したに、グンマも今度は声をあげて笑った。

「あはは!は士官学校時代から、ほんとにアラシヤマアラシヤマだよねっ」

「まぁ・・・」

居心地が悪くなり、はもぞもぞと意味もなく手を動かした。
自分の幼少時を知っているグンマには、話しやすいこともあれば話しにくいこともあった。
士官学校に入学こそしなかったグンマだが、マジックの血縁者、シンタローの従兄弟ということもあり、よく出入りはしていた。
保健医が高松ということも大きかっただろう。

口ごもるを見て、グンマは名案があると手を叩いた。

「今度勧誘されたら言ってやればいいじゃない。私はアラシヤマ以外の下になんてなりたくありませんって」

「ぐっ」

が喉を詰まらせ咳き込んだ。
慌てすぎて気管に何か入ったらしい。

「そ、ごほっ!そんなことは・・・」

「あるでしょ?お父様からも聞いたもん。の実力はとっくに幹部クラスなのに、昇進断ったんだって?」

「・・・えーっと」

「アラシヤマに遠慮してるの?それとも部下でいるほうがアラシヤマと一緒にいられるからかな」

(するどい・・・)

普段はぽわっとしているグンマの笑顔が、このときばかりは空恐ろしく思える。
は大きくため息をついた。

「・・・そんなに漏れてましたか」

「んー、僕だからわかるってとこかな。アラシヤマにはまだ何も言ってないんだ?」

「言う、つもりはないです」

「でもいつかは言うんでしょ」

「・・・わかりません」

「ふーん」

(結果はわかりきってるのに。あーあ、アラシヤマったら。こんなに想われてるのに、今どこにいるんだか)

グンマの発明品のせいでアラシヤマが沈んだと言っても過言ではないのだが、その辺は置いておき、と同じくため息をつくグンマ。
はもそっとつぶやいた。

「グンマ様は素直でいいですね」

「・・・ふふ、だって、自分で思ってるよりはずっと素直だと思うけど。ただちょっと我慢しすぎちゃうとこがあるから、心配かな」

「・・・ならば、素直になりますが」

は意を決したように身を乗り出した。

「グンマ様!お願いです!」

「な、何?」

爪が食い込むほど手を握り締めたの背後で、バイオフラワーがピシリと鳴って砕けた。





明け方。一日の任務を終え、ミヤギ、トットリ、コージの3人は、基地のバルコニーで海風に当たっていた。
いまやそれぞれに隊の隊長に就任した三人の、日々はそれなりに多忙である。

「くあーっようやく寝られる!今日も一日頑張ったっちゃ!」

「親バカ総帥に呼ばれてタイムロスはあったものの、夜が明ける前に仕事片付いてよかったっぺ」

「生贄も捧げたし、万事おっけぃじゃのぉ」

「アラシヤマだべか?」

「・・・あいつ、あんなんだから実力に地位が伴わないんだわいや・・・はついていく相手を間違えてると僕は思うっちゃよ」

「ああ、隊編成が決まった4年前から、はなんかおかしいっぺ。いきなりアラシヤマにだけ敬語なんか使い始めて」

「そうじゃのう・・・はわしらにとっちゃ弟・・・ごふん、妹みたぁなもんじゃけぇ、心配じゃぁ」

ようよう白くなり行く山際、ではなく水平線。
あと数十分もすれば夜が明けるだろう。
爽やかな風が3人の髪を散らした。

「今頃どうしてるっぺかぁ・・・アラシヤマのやつ」

「どうでもいいっちゃ、そんなこと」

「そろそろ寝るぜよ」

爽やかな風に吹かれ爽やかに笑いながら、各々部屋に戻ろうとしたとき。
基地の水路から海へと、勢い良く何かが飛び出していった。
そのまま水を切って猛スピードで進んで行く。
3人はなんだなんだと急いでバルコニーにもどり、手すりに身を乗り出した。
みるみる遠のいていくそれに、コージが目を凝らし叫んだ。

「じゃ!明らかにバカ息子作のジェットスキーに乗っとる!」

「?なしてこんな時間に・・・単独行動は基本厳禁、のやつ怒られちまうべ!」

「それにしてもよぉ見えるっちゃねコージ!」

「わしの視力は4.0じゃけぇ」

「北京原人か」

「ふたりともコントやってる場合じゃないべ!トットリ、おめ操縦できるな?ヘリで追いかけるっぺよ!」

「だっちゃわいや!」

3人が駆け出すと同時に基地に警報が鳴り響いた。
寝ぼけ眼の団員たちが何事かと部屋から飛び出してくる中をすり抜ける。

「なんじゃこのうるさいのは?」

「多分あのジェットスキー、が許可なく持ち出したんだっちゃ」

ヘリに乗り込み離陸のスタンバイをしながらトットリが言う。

「ほら、発信機も作動してる。の位置、わかるっちゃよ」

「発信機を解除し忘れるとは・・・らしくない失態じゃの」

「そうっちゃね。脱団にしては・・・」

「脱団!?なに言ってるべトットリ!はそんなやつじゃねぇ!」

「・・・わかってるっちゃ!ふたりとも、捕まってるっちゃよ!」

「うぉ!」

「うぁ!」

少々荒っぽく飛び立ったヘリの反動で、ミヤギとコージは互いに頭をぶつけた。



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