置いていかれないよう、懸命に並んで歩いて。 手袋をはずした手にぬくもりを感じていた。 戦闘訓練以外で直に人に触れられるのは、アラシヤマだけだった。 「アラシヤマ、今日もクラスで何人か死んじゃったよ」 「しかたあらしまへん。ガンマ団の士官学校にくるちゅうことは、そういうことやと、みなはんわかっとるはずどす」 「ねぇ、死にたくないと思う?」 「へぇ・・・」 もうここにしか居場所はないのだと、命がけで臨んでいた、あの日々を。 今までも。 これからも。 生き抜いてゆけるのは、アラシヤマがいたからだ。 特異な体質、ふたりは同じ。ただそれだけではない。 置いていかないで、離れないで。 「アラシヤマが死んじゃったら、僕も死ねばいいのかな」 「何言うてはりますのん!」 あわてて立ち止まり、肩を支えて。 まっすぐに言ってくれたあの眼を、絶対に忘れはしない。 「あんさんには、わてがおります」 あなたがいなくなったなら、それは空気がないのと同じことだ。 ざざあと鳴るのは波の音か。 は目を開けた。 (随分と昔のことを思い出したもんだ) 目だけを動かし周囲を見やる。 青い空?白い砂浜?なんとも美しいが。 塩の味を感じる。海水を飲んだ重い体に不釣合いな風景。 「・・・バカンスでもしてみるか・・・?」 気力もないのにやっとの思いで無理矢理冗談を言い、それにひとり笑う。 ああ、強く日差しが降り注ぐ。 (体力が奪われる・・・せめて、なんとか日陰に) 「ぐっ・・・あー・・・だめだ・・・」 力を込めたが手足が言うことをきかない。 冗談など言っている場合ではなかったか。 「は・・・」 目を閉じるがそれでも瞼をすり抜け日が差し込んできた。 少しして、このままでは本当にまずいかと思われたころ。 ふいに影が落ちた。振りかけられたのは、水だ。 (誰だろう?わからないけれど助かった・・・あれ?そもそもなんで、こんなことになったんだったか・・・確か・・・) は再び意識が遠のくのを感じた。 脱走したコタローの捜索に発ったアラシヤマからの通信が途絶えた。 そのとき通信室にいたのは、ティラミス、チョコレートロマンスと、数年前アラシヤマが隊長に就任したガンマ団紫部隊のうちの数名。 とは言っても、紫部隊自体その数は極々少数だ。 それはアラシヤマが人と話すのを苦手とするが故の隊編成である。 今通信室にいる隊員たちは、コタロー脱走時、ガンマ団本部の警備にあたっていた者たちだ。 アラシヤマが件の際、丁度本部に滞在していたためである。 その隊員の中で、通信切断の報告を受け、目立った反応を示したのは、たったひとりだけだった。 その隊員はつい先ほど別件から帰還し、アラシヤマの現状を知り通信室に押し入ってきたばかりだった。 「何だあの魚・・・て言うかあの島・・・ぎゃー!た、隊長おおおお!」 「うおっ、落ち着いてください班長!」 「これが落ち着いていられるか!むしろお前らが何故落ち着いているのかが私は疑問だ!」 先端のみが僅かに白髪の不可思議な髪を振り乱し、は他隊員を押しのけ、通信用ヘッドホンマイクをティラミスから掻っ攫った。 「た・い・ちょおおおおおおおおおっ!!!」 通信室の全員にやりとりが聞こえるようにスピーカー設定になっていたマイクから、の大声が響く。 ヘッドフォンを着用していたチョコレートロマンスはもちろん、皆が耳を押さえた。 「!もう通信は切断されている!叫んでもアラシヤマには届かん!」 「うるせーですよティラミスさんっ!」 わめくからヘッドフォンマイクを何とか取り戻し、ティラミスはガンマ団元総帥、マジックにコールをかけた。 ほどなくして通信の大画面いっぱいにマジックの顔が映し出される。 『どうしたティラミス?』 「マジック様、ご報告です。アラシヤマとの通信が途絶えました」 『ああ、そう』 さもわかっていたというように言うマジックに、はためらわずかみつく。 「ああそうとは何ですかああそうとはーっ!!驚くとか心配するとか取り乱すとかはないんですかあっ!」 「!マジック様になんてことをっ」 「班長ほんとやめてくださいっ!」 「一端落ち着いて、ね?はーい深呼吸ー!ヒッヒッフー」 「お前ら私を女だからって馬鹿にしてないかっ!それはラマーズ法だろう!私は冷静だっ!離せっ!」 ティラミスや周囲にいた隊員が咄嗟におさえるが、の鼻息は荒い。とても冷静には見えない。 隊員たちは怯えながらマジックの反応を伺った。 幼少時からその実力の片鱗を見せ他を圧倒していたという、歳のわりに古株なと違い、平の団員たちにとってマジックは恐ろしいと言っても良い存在だ。 新旧の団員双方ともに、総帥の世代交代が行われた今となっても、マジックは絶大な影響力を持つ。 しかし部下に暴言を吐かれたはずのマジックは、怒りも見せず涼しい顔でウィンクをした。 『ハァーイちゃん。今日も元気いっぱいだねぇ〜』 「元気いっぱいもいいとこです隊長の身に何かあったんです捜索隊編成してください下っ端のやつらでいいです指揮は私がとります!」 『駄目』 「何故っ!」 『、息継ぎしないとぶっ倒れてしまうよ?それにね、君はアラシヤマを信用してないのかな?』 「信用!否、信頼してますとも!」 は胸を張って答える。 しかし他の隊員たちに同意する気配はない。 え、まじでお前あのひと信用してんの?あの根暗な俺らの隊長を信頼ですかそうですかってなもんである。 ぶっちゃけ隊内ですらまともに話さないアラシヤマへの理解度は薄い。 戦闘その他の実力であれば疑うものはいないのだが、なにぶん性格がいまいちつかめない感情の起伏が激しすぎるつかあの人多少アレなんじゃね?等々。 それを迷わず信頼していると言い切れるのは、隊内で一番アラシヤマとの付き合いが長いくらいなものであろう。 とアラシヤマは、年は離れているものの、ガンマ団士官学校の同期であった。 だがそれ以前にも、が特戦部隊のGのもとで修行していた際に面識はあったという。 そのコンビネーションは他の追随を許さず、戦場では2人合わされば新総帥などはるか上回るのではと実しやかにささやかれている。 最も、総帥の目の届く範囲でそれを口にした者の末路は想像に難くない。 詳しいところを知る団員は少ないが、なにやら現総帥はアラシヤマを毛嫌いしているらしい。 アラシヤマ本人がそれに気づいているかは定かではないが。 しかしが総帥を毛嫌いしているというのは、一部の者たちの間では周知の事実だ。 そしてがアラシヤマに絶大的な信頼を寄せているのもまた、今のを見ればわかるように周知の事実なのだった。 だがそれに信頼以上のものも含まれているということを知っている者はこれまた一部の者、つまり同期やそれに順ずる者たちだけだ。 マジックはの意気込み様に、不思議とどこか遠慮がちな苦笑いをしながらも頷いた。 『・・・そうだね。ならば、アラシヤマは捜索なぞせずとも大丈夫だ』 「え?」 『私もアラシヤマのことは実力においては信用している。実質伊達集でもトップだろう実力においては。だから彼なら大丈夫だと私は思うが、いかがかな?』 「マ、マジック様・・・!」 暗に性格は信用していないと言う言い回しは完全に無視し、マジックの言葉に感動する。 を取り押さえていた者たちは様子を見てその手を離した。 (マジック様、うますぎます・・・!) 人の心を操作する技。 これに長けているというのが、マジックを外交官としても知らしめた理由のひとつなのかも知れない。 総帥を引退した今も、マジックは各国に太いパイプを持っている。 はさっきとは打って変わって、借りてきた猫のように大人しく言った。 「申し訳ありませんマジック様。あなたのお考えを察すことが出来なかった私をお許しください」 『ははは、いきなり献身的なクリスチャンみたいな口調になったねぇ〜』 口を挟むならここだとティラミスがすかさず割って入った。 「つ、通信切断直前の映像を送信いたします」 『ああ、頼むティラミス。じゃ、。大人しくしてるんだよ』 子を諭す親のようにマジックが言うと、大画面はアラシヤマ消息位置の座標画面に戻った。 「はーい」 もう通じていないだろうに、は画面に向かってにっこりと笑いながら子供のように言う。 それを見て、これで安心だと隊員たちは何事もなかったかのように各自の部屋へもどっていった。 本部には、相部屋ではあるが、団員全員分の部屋が用意されている。 アラシヤマのことを心配しているものはひとりとしていないようだ。 それは信用、信頼によるものではないだろう。 隊員たちが出て行ったあと、チョコレートロマンスが通信用ヘッドフォンを外した。 「うぅ・・・まったくは・・・まだ耳が痛い・・・」 「大丈夫かチョコレートロマンス?ていうかお前の名前長くて言うのめんどくさっ」 「ええ!酷いぞティラミス、今更それを言う!?」 「冗談だって・・・おい、?」 座標画面を見つめたままじっと動かないに、ティラミスが声をかけた。 「はい」 「そろそろ俺たちは出るぞ。お守・・・ごほん、別の仕事があるからな」 「私ももう出ます」 「そうか。っと、この画面は元にもどさなければ」 「ティラミス、座標の記録はいいのか?」 「マジック様も大丈夫だとはっきりおっしゃっていたから、その必要はないだろう」 「じゃあ消すぞ」 チョコレートロマンスがひとつのボタンを押すと、座標は消え、画面は通常の通信画面へと戻った。 ティラミスとチョコレートロマンスが席を立つと、かわりに団員ふたりが席についた。 24時間、ここで通信に対応している通信担当の団員だ。 「また何かあったら秘書課・・・いや多分マジック様のところにいる」 「了解いたしました」 いつもは通信担当団員に任せてあるが、今回は極秘任務、そして幹部クラスとの通信だったので、ティラミスたちが対応していたのだ。 も2人に続いて通信室を出た。 「あ、そういえばさっきはすみませんでしたチョコレートロマンスさんってかやっぱ言うの面倒な名前ですね」 「だろう?」 「、先輩に向かって!というか2人とも本当に酷いぞ!」 廊下に笑い声が響く。 しかし冗談ですよと言うの目が笑っていないことに、2人は気づかなかった。 がグンマのもとを訪れたのは、その日の夜だった。 >>next