「アラシヤマ!」

が、それに被せるようにもまたアラシヤマの名を呼んだ。
ミヤギと。アラシヤマがどちらを優先させるかなぞ決まっている。

「なんどすぅ」

案の定アラシヤマはミヤギになど見向きもせずにの元へと向かった。
ミヤギはあわあわとその様子を見守る。恋は盲目というが、アラシヤマには見えていないらしい。
の後ろにゆらりと浮かぶ般若の姿。
無論本当に般若がいるわけではない。何故だか怒っているの、その気迫による幻覚とでもいうのか。
しかしその原因は?
ミヤギは、ががりがりと爪を立てているもの、背後の木に彫りこんであるものに気がついた。

「アラシヤマ、これ、何」

「はぅ!そ、それは・・・」

が木に爪を立てる音がいっそう強くなる。
これというのは例の相合傘、アラシヤマとシンタローの名が並んだ落書きだ。

(付き合ったっていうからスンタローのことは諦めたもんだと思ってたけんども・・・ありゃが怒るのも無理ねーっぺ)

これは呼び止めなくてよかったのかもしれない。
アラシヤマはなんとか言い訳を搾り出そうと四苦八苦している。

「そのっ!それはなんちゅうか無意識にやって・・・」

「無意識?」

「ええええっとどすなああっ」

「なんでよりによって奴の名前を書くの!」

「じ、自分でもかわらんのどす」

「まさか私より」

「それはないどす!わてはが一番好きやし愛しとります!オンリーラブどすわ!」

「オン・・・ぅ」

くっと顔を歪ませた。
任務中の顔からは考えられないその表情に、すっかり傍観を決め込んでいたミヤギは驚き目を見張った。

(な、泣きそう!?あのがだべか!)

が、それ以上に驚いたのはもちろん対峙していたアラシヤマである。
アラシヤマは先日の惨事を思い出し一瞬ぎくりとし、小さい子にするようにおずおずとの顔を覗き込んだ。
ついでにそっと頭をなでてみるが、の反応は無い。

「あのー、?」

は答えず、何気にまだ足元に転がっていたコモロを蹴り飛ばした。
これがパターンになりつつあるが、気を失っているコモロはそんなことも気にせず弧を描き木々の合間へと消えていく。
それを見送り、へと視線を戻したアラシヤマは益々必死に言い募った。

「ー!ほんまどすから!わてはほんまにが一番どすー!」

「・・・アラシヤマ」

「が一番かわええと思とるしが一番きれいやと思とるしが一番・・・」

「ア、アラシヤマ」

「が」

「わかったからアラシヤマ」

「一番」

「もう怒ってないから!」

ほかにいくつ並べ立てようとしていたのか、アラシヤマは指折り数えていた両手を下ろした。

「え、でもコモロくんがびゅーんて」

「・・・アラシヤマが歯の浮くようなこというから、てれ・・・」

「照れてはったんどすか?いややわ〜当たり前のこと言うただけどすのに」

「ば!・・・っかアラシヤマ・・・」

「なんどすか?」

「ちょぉっといいだべかぁー」

耐え切れずミヤギが割って入る。に接近したことで、アラシヤマはすかさず警戒した動きを見せた。

「あんさんまでなんどすか」

「いや、ふたりともオラがいるの忘れてたべ?目の前でいちゃいちゃされたらこっちも辛いっぺよ」

「いちゃいちゃ?わてらがいついちゃいちゃなんてした言うんどすか。なぁ・・・?」

「い、いちゃいちゃって・・・」

「いちゃいちゃはいちゃいちゃだべ」

追い討ちをかけたミヤギの言葉に、は顔を真っ赤にして体を震わせた。

「わ、私先帰るからっ」

言い放ち、ふたりが何も言わないうちには走り去った。
アラシヤマは訳がわからぬようにミヤギを見る。

「一体どういうことどすか?」

「アラスヤマ・・・おめー自分のことには鈍感だべな」

言わずもがな、はアラシヤマの言葉に嬉し恥ずかし走り去っていったわけだが、アラシヤマはまったくわかっていない。
当たり前のことをただ思ったままに言っただけだと、それのどこが恥ずかしいのかと思っているのだ。それが人前であっても。
同じことをに言われたらアラシヤマとて同じ反応を見せるのだろうが。

ミヤギはが初恋というわけではない。
いや、本格的な恋はが初めてと言えるだろうが、その美しい容姿もあり、士官学校入学以前に付き合っていたようないなかったような、そんな曖昧な恋のようなものをしたことがあった。
ただしそれはミヤギが12、13歳だったころのことだ。大人の恋愛の前では話にならない。
ならないが、もしかしたらこのふたり、その少年時代のミヤギよりも初心なのではなかろうか。見ていてむずがゆくなる。
ガンマ団に入団すれば女はいない。実際にはがいるわけだが、同性愛を除けば恋愛などが発生する余地はない。
とて、本人の態度の問題もあろうが、浮ついた噂はなかった。
言ってしまえばガンマ団は恋愛初心者の集まりである。
幼少時からマジックに見出されていたふたりも例外ではないのだろう。

(これじゃ・・・)

ミヤギはの表情を思い起こす。
きっとアラシヤマに心の底から惚れている。
怒っていても、恥らっていても、アラシヤマが好きだと全身が言っていたようだ。

「・・・アラスヤマ、条件は守るっぺ。オラは」

「あたりまえどす」

「だども・・・」

「・・・?」

「ん、何でも・・・。帰るんだべ?案内してくんろ」

「気になりますなぁ。はっきり言いはったらどないどす?」

「いいっぺ。きっとそのうち」

「はぁ・・・まぁいいどす。こっちどすわ、ついてきなはれ」

アラシヤマのあとに続き歩き出す。

(隙を見せたらとられちまうべよ?)

それを言ったら、裏切りになるのだろうか。


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